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第13話 電話
身体に異常はなかったから、俺は綾人の車でマンションまで送って貰った。
綾人は、右の頬にふたつ並んだ俺の泣きぼくろがチャーミングだと言って、親指の腹で柔々と撫でる。
会話は運転手に丸聞こえだったから、俺は恥ずかしくて、やめろとか嫌だとか言って拒んだけど、綾人の長い指は嫌いじゃない。
ただただ、恥ずかしかった。
降り際、ついに涙ぼくろにキスされた。リップノイズが車内に響いて、俺は思いっきり綾人を突き飛ばした。
酷いな、と言って、言葉とは裏腹に綾人は笑う。
高級車が角を曲がって見えなくなってしまうまで、俺は綾人を見送った。
いつものようにポケットに手を突っ込んだら、副理事長としての連絡先が印字された名刺が入ってた。
……いつの間に。
何気なく裏返すと、ボールペンで携帯番号とメアドが、丁寧な字で書かれてた。
これは、プライベートな連絡先だろう。
俺は口角が上がるのを止められなかった。
「遅かったわね、四季。……何か良い事あったの?」
誤魔化すには無理があるほど、俺の顔は笑ってる事だろう。
「ちょっと……友達が出来た」
「あら! 良かったわね。でも詮索されないように、気を付けて」
父さんと母さんには、まだ伝えない方が良いだろう。
幾ら綾人が俺を『好き』だって言ってくれても、副理事長の立場や、華那の事がある。
俺たちが番うかどうかは、大人の事情にかかってた。
でも綾人は確かに俺に居場所をくれた。
生まれて初めて、『Ωである俺』を求めてくれる、大切な居場所になった。
* * *
風呂に入って寝る前、俺は綾人の電話番号とメアドを、携帯に登録した。
午後十時半。俺はドキドキして、まずはメールを送ってみた。
『綾人。四季だ。今、電話しても良いか?』
一分ほど経って、携帯の着信音が鳴った。
ディスプレイには、登録したばかりの、『綾人』の文字。
俺の番号、知ってるんだな。学校のデータ見たのかな。
「もしもし」
『四季。どうした?』
「どうもしない」
クスリと喉を鳴らす音が聞こえた。
『そうか。身体は大丈夫か?』
「うん。平気だ」
『四季、合気道部に入らないか?』
「は?」
『合気道なら、相手の身体が大きくても、太刀打ち出来そうだ』
「でも……合気道って、女のやるもんじゃねぇか?」
『確かに女子の方が部員は多いが、小柄な男子も居る。俺が居る時は守れるが、居ない時が心配だ』
そうか……綾人なりに、考えてんだな。
「分かった。明日、見学に行ってみる」
だけど即座に、有無を言わせない声が返ってきた。
『いや。今回の発情期は、残りは風邪で休んで欲しい』
「でも……それじゃΩだってバレちまう」
『今回だけだ。せめて身を守れるようになるまで、発情期に出歩くのは控えて欲しい』
「う~ん……」
『頼む』
ちょっと考えたけど、頼まれたら敵わない。
『お前だって、もうあんな思いはしたくないだろう?』
そう言われてしまえば、答えはひとつだった。
「……うん」
『風邪で休みという事にしておくから、ご両親にもそう言っておいてくれ』
「分かった」
『キスしたい』
「は!?」
突然の告白に、身体中が熱を持つ。
発情期の身体は、愛しい人の声だけで疼き出す。
「やめろよ!」
『良いだろう。実際には出来ないんだから、希望くらい言ったって。四季、好きだ』
電話口にchu、chu、とキスが落とされて、俺は思わず下腹を押さえた。
「ばっ……やめろって!」
強い口調で咎めると、わざとらしく綾人がしょげた声を出した。
『四季はツンデレか? 冷たいな』
「ちが……発情期だから、子宮が……」
言いかけて、内容の恥ずかしさに言葉を切ってしまう。
綾人も、数瞬絶句した。
『……すまない。ひょっとして、声だけでも感じるのか?』
「うるせぇ。黙れ」
照れ隠しに言って、綾人を黙らせようとしたけど、囁きが耳に吹き込まれた。
『四季、好きだ。俺のものだ』
俺はギュッとハーフパンツの前を握り締める。
『今すぐ抱きたいけど、約束したからな。次の発情期まで待つ』
背筋がゾクゾクして、俺はつっけんどんに言い放った。
「もう、寝る。切るぞ」
『ああ。俺の夢を見てくれると、嬉しい』
「ばーか。じゃ、な」
『ああ。またな』
喉の奥で転がすように笑って、電話は切れた。
綾人の奴……よく恥ずかしくもなく、あんな台詞が言えるもんだ。
時刻は、午後十時四十五分。
寝るには丁度良い時間だったけど、綾人のせいで、身体が疼いて眠れなくなっちまった。それでもゴロリと、ベッドに寝転がる。
結局その日眠ったのは、零時を過ぎる頃だった。
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