19 / 45
第19話 和解
その後の休み時間から、ハシユカはベタベタくっついてくるようになった。
俺はニコリともせずに仏頂面だったけど、周りは異変を感じ取っていた。
「四季……ハシユカと付き合ってんのか?」
げっ。信じられないような顔で通りすがりに呟いてきたのは、ナベだった。
「ち……違げぇよ」
「四季って照れ屋なんだよね~。今日から付き合い始めたの!」
ナベは俺の態度に違和感を覚えたようで、小声で訊いてきた。
「アーヤじゃないのかよ」
教室で綾人の事は話したくなかったから、俺も小声で返した。
「脅されてんだ」
「……こないだは悪かった。ビッチしか会った事なかったからよ。俺に出来る事があったら言ってくれ」
俺が発情期じゃないからか、しおらしくナベが呟く。
顔を近付けて内緒話をする俺たちに、ハシユカが拗ねて声を高くした。
「なぁに、秘密の話? 彼女なんだから、秘密はなしよ」
「ちょっと待っててくれ」
俺はナベに言って、ノートに殴り書きして破り、クシャクシャに丸めて手渡した。
「これ、投げといて」
ごく自然に言ったんだけど、ナベは不思議そうな顔をした。
「投げる? 何処に?」
俺はその反応にちょっと苛ついて、早口で言う。
「ゴミ箱に決まってんだろ」
「……ひょっとして、捨てるって事か?」
ああ。『投げる』って方言なんだな。知らなかった。
俺は少しバツが悪そうに答える。
「そうだ」
思いがけず、ナベは笑った。初日に見せた、朗らかな笑みで。
「ふぅん。北海道弁って、面白いな」
紙くずをブレザーのポケットに突っ込んで、ナベは教室を出て行った。
ゴミ箱は教室内にもあったから、意味を汲んでくれただろうか。
俺は紙切れにこう書いた。
『ハシユカにバレた!』
* * *
昼休みになってもハシユカはベッタリだったけど、昼飯は友達と屋上で食べると言うと、意外にもすんなり許しをくれた。
三年C組の窓からは、副理事長室に続く渡り廊下が見渡せる。
それに、女子の人間関係は複雑だ。
彼氏が出来たからといって、急に二人で昼飯なんか食べようものなら、ひんしゅくを買うのが目に見えていた。
俺は購買でマーブルチョコパンとホットドックを買って、ひと気のない屋上に急ぐ。
そっと扉を開けると、目当ての人物の声がしていた。
『大好きだよ、ツキ。俺たち……』
「シィ」
声をかけると、台詞が途切れて、角からヒョイと綺麗な顔が覗いた。
「四季!」
「邪魔して悪い」
「ううん。四季なら、大歓迎」
俺はシィの隣に座って、ホットドッグを牛乳で流し込む。
「撮影、凄かったな。鳥肌たった。でも風見海があんなシーンやるなんて、非難もあるんじゃねぇか?」
シィは初めて会った時みたいに、サンドイッチ片手に台本を開いてる。
「良いんだ。話題作になる事は間違いなしだから、マネージャーとも話し合って、子役のイメージから脱却する事にしたんだ」
「へぇ……凄げぇ勇気だな」
サンドイッチをかじって、シィは笑う。
「それより、アーヤとは上手くいってる?」
急に話を振られて、俺はちょっとむせて、牛乳を飲み込んだ。
「あれ? そうでもない?」
「それが……両想いなのは確かなんだけどよ。理事と生徒の恋愛なんて大っぴらには出来ねぇし、おまけにクラスの女子にバレちまった。バラさない代わりに、付き合えって言われて、綾人と会う事も出来ねぇ」
シィは、顔のパーツを中心に集めるように、キュッと顔を歪めた。
「何それ。四季が好きなのはアーヤなのに、それでも付き合えって言うの?」
「ああ。我が儘の塊みたいな奴でよ。人の話聞かねぇし」
「ぼく、解決策を考えてみるよ。好きでもない人と付き合うなんて、嫌だよね」
「ありがてぇ。俺は綾人と会えねぇから、何とかしたくても出来ねぇんだ。助けてくれ」
昼休みが終わるチャイムが鳴る。俺たちは拳を作って触れ合わせて、それぞれの教室に帰っていった。
帰りもハシユカがベッタリだったけど、俺はスラックスのポケットに両手を突っ込んで、返事もせずに無視して帰った。
それでもハシユカは楽しそうだった。
ともだちにシェアしよう!