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第2話 

「ヒース」 テーブルの上で丸まって座る黒猫の怪我した左足に、僕は手のひらをかざしたまま治癒魔法の呪文を唱える。 その瞬間。僕の中に眠っていた魔力が手のひらに集まりだして、か弱い光が少しずつ溢れ出した。 「っ……」 けれどこんな力じゃ、怪我は修復できない。 もっと、もっと魔力を一つにまとめないと。 「ぁはっ、はっ……」 身体は一切動いていないのに、汗が頬を伝っていく。 まだ見習い魔法使いである僕には、魔力を引き出すだけで、まるで二キロ分走った時のような疲労が身体に襲い掛かる。 ーー慌てなくていい。 ーー皆、同じ道を歩んできたんだ。 ーーゆっくり、自分に合った魔法を使いなさい。 今まで出会ってきた、優しい人達の言葉が頭をよぎる。 人と言うのは、苦しさや困難に追いつめられた時。つい咄嗟に逃げ道を探そうとしてしまう。 僕もそうだ。そうやって今まで苦しい事から逃げてきた。 ゆっくりやればいい。いつかは魔法なんて使えるようになる。そんな甘い考えを自分に言わせ続けた。 だから十八になった今でも、僕は魔法がうまく使えない。 「ヒース!!」 もう一度詠唱を唱え。僕は一気に魔力を開放させた。 溢れる光が増し、猫の怪我した足に注がれる。 そしてーー数分間かけて、僕は猫の怪我を治しきった。 「はぁ……はぁ……は、はは。やったぁ~」 猫が元気になって飛び出していった姿に、思わず安堵の息が漏れてしまう。 治癒魔法が使えた喜びもそうだけど、なにより猫が元気になって良かったという気持ちの方が強い。 僕は息を乱しながら、ゆっくりと後ろを振り返る。 「見てましたイリアスさん?僕、やりました!」 窓際でジッとこちらを見ながら、細い煙草を口に咥える不愛想な男。 どんな獲物も逃がさない鷹のような目つきに、腰まで伸びた真っ白の髪を1つに束ね、全身を覆う真っ黒な衣服は、彼の白い首を際立たせる。 一言で言うのなら、モノクロできた人だ。 「あ、あの……イリアスさん?」 何も言わず、ただ煙を吐き出すイリアスさんにもう一度声をかける。 彼は基本何を考えているのか分からない人だ。 僕の成果に満足しているのか、はたまた呆れているのか、その表情からは読み取れない。 いや、もしかしたら今までの僕の努力すら見ていなかったのかもしれない。 でもそれは流石に、僕の師匠としてどうかと思う。 「あの僕、何かダメ……でした?」 謙虚になって、もう一度聞いてみる。 すると。 「あぁ、すまん。寝ていた」 「えぇ~~……」 とすると、もしかして目を開けたまま寝ていたのですか貴方は。 「もう一度やるか?」 「もう無理です!!」 素で鬼畜な事を言い出すイリアスさんに、僕は思いっきり首を横に振った。 何考えているか分からない、不愛想で不器用なイリアスさんは、一年前から僕に魔法を教えてくれている。 けれど基本自由奔放な人で、こうしてたまに困ってしまうこともある。 「はぁ~~ホント、他の人が見たら驚くでしょうね。最強の魔法使いが目を開けたまま寝ちゃう人だなんて」 「アイル。この事は内密にしろ」 「分かってます。というか、言っても誰も信じませんよ。多分」 「そうか」 安心したのか、イリアスさんは咥えていた煙草を離して。そのまま軽く息をフッと煙草に吹き付ける。 その瞬間、さっきまであった煙草はその形を消した。 まるで手品でも見せられているかのようだ。 「あぁ、そういえばアイル」 「はい?なんですか?」 「先ほどの治癒魔法は良くやった。しかし、時間がかかり過ぎだ。もしあれが命のかかる怪我であれば、お前はあの猫を助けられていなかったぞ?今度は一瞬で治して見せろ」 突然の助言に呆気を取られ、僕はただ「はい」と言って頷いた。 そんな僕を見ながら、少し口角を上げてそそくさと部屋を去るイリアスさんの顔は、まるで愉快な物を見ているようだった。 つまりーー。 「寝てないじゃないですか!!」 もうこの部屋にはいないイリアスさんに向かって、思わず叫んでしまった。 本当に、何考えているのか分からない人だ。 「全く……これ以上好きにさせないでくださいよ……イリアスさん」 僕は、他の人とはどこか違うあの人を。半年も前からどこか特別な感情で見ていた。 不思議で、神秘的で、何処にもないたった一つの宝石みたいな彼を、この手の中に、誰にも見られない宝石箱の中に隠してしまいたい。僕だけのものにしてしまいたい。 そんな好きというには重たくて、ドロドロに歪んでしまった僕の感情を、あの人に知られるわけにはいかない。 そしたらきっと、もう一緒にいられない。 だから僕はこの気持ちを隠すように、ただひたすら強さだけを求めていった。 あの人の側にいたいから、離れたくないから、知られたくないから。 僕は今日も、イリアスの弟子としてここにいる。

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