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第3話

イリアスという男は、どの魔法使いよりも強いと有名だった。 だがだからこそ、彼に近づく人は誰もいなかった。 きっと、自分なんか関わっていい人じゃない。 自分みたいなちっぽけな奴の事なんか、見てくれるはずがない。 そんな尊い気持ちが、いつのまにか彼を一人にさせていた。 実際のところ、見た目が怖かったというのも理由の一つとしてあるかもしれないが……。 僕も最初は悩んだ。 僕が弟子にしてほしいと言ったところで、相手にされないかもしれないし。それどころか、下手すると殺されるかもしれないとまで思っていた。 けれどいざイリアスさんに頼み込んでみると。なんとも呆気なく、彼は僕を弟子として迎え入れてくれた。 それだけでも驚きだったけど。 実際一番僕が驚いたのは、イリアスさんの姿だった。 もう午後二時だというのに、今起きたばかりと言わんばかりの寝癖と、肩まで伸びただらしない衣服。 そして意外にも、出したら出しっぱなしという散らかった部屋。 年齢を聞けば、もう二十五は超えているという大の大人。 これが俗にいう、一人暮らしの男部屋というものなのかと、潔癖症の僕は色んな意味でショックを隠せなかった。 勿論今では、僕が毎日掃除しているおかげで部屋は隅々まで綺麗に片付いている。 弟子として当たり前な事なのかもしれないが。食事や洗濯、お風呂掃除まで全部僕がやっている。 最近は自分は弟子というより、主婦なんじゃないかと思い始めたくらいだ。 あぁでも。どちからというと、僕がイリアスさんを押し倒したい方なんだけど……。 話しが脱線したが、僕はいつも主婦業をしていて思う事がある。 どうしてイリアスさんは、僕にこんな事をさせているのだろうと。 彼は偉大な魔法使いだ。部屋を片付けたり、料理したりなんて魔法で簡単に出来るはずなのに。どうしてか彼は魔法を使わない。でもだからと言って、自分の手でやるわけでもない。 他の魔法使いでも、家事をする時は基本魔法を使っている。そっちの方が楽だからだ。 料理も、掃除も、洗濯も、裁縫も。魔法があれば簡単に出来てしまう。 それなのに、イリアスさんは何もしない。 よくよく考えれば、僕の魔法を見てもらう時とご飯以外の時は、基本寝室にこもっている気がする。 まさか寝ているのだろうか? 「何をしている」 「え?」 色々考えているうちに、僕の好奇心がイリアスさんの寝室の扉を開けようとしていた。 けれどドアノブを回したところで、僕の手は石のように固まってしまう。いやそれどころか、全身身動きが取れなくなってしまっている。自由が利くのは、眼球と思考だけだ。 どう考えても、背後で僕を睨みつけるイリアスさんの仕業だろう。 「アイル。今後俺の寝室に入るときは、俺の許可を得てからにしろ」 その声はいつもより冷たい。 まるで、次はないと警告されているかのようだ。 「……ディスペル」 イリアスさんの詠唱で、僕の身体は自由を取り戻す。 身体が動かなかっただけで、こんなにも息苦しい。金縛りにあうというのはこんな感覚なんだろうか。 「アイル。返事はどうした」 開放されたと同時に、僕を追い込むイリアスさんの声はまだ冷たい。 嫌われてしまう。そんな恐怖で、僕はただ首を下げて返事を返した。 イリアスさんは何も言わず、靴音をたててその場から去って行く。 その足取りはどこか重たくも聞こえる。落ち込んでいるような、後悔しているような、そんな感じ。 やり過ぎたと思っているんだろうか?悪いのは僕なのに。 けど、そこまで僕を寝室に入れたくない理由があるのだろうか。 何か、僕に言えない何かがーー。 「あれ?これは……」 さっきまでイリアスさんが居た場所に、一枚の写真が落ちている。 思わず拾ってその写真を見てみると、そこには少し照れながらもカメラへ目線を向けているイリアスと、知らない男の人が写っていた。 見た目的に、イリアスさんがまだ十代の頃だろう。 そして隣の男性は多分二十代くらいで。無愛想なイリアスとは反対に、ニコニコと優しい笑みを浮かべている。 きっとこの人は、純粋で誰にでも好かれやすい。まるで太陽みたいな人なんだろうと。その笑顔を見ただけでそんな気がした。 「不器用なイリアスさんにはピッタリな人だな……」 なんて、勝手に嫉妬してしまう自分が嫌になる。 この人は一体誰なんだろう。 この人はイリアスさんの何なんだろう。 この人なら、今さっきのように寝室を見られても怒らないんだろうか。 「何を考えているんだ、僕は」 『この人なら』と。今ここにいない人とイリアスさんを重ね合わせては、悶々を汚い感情をさらけ出してみっともない。 「後で、イリアスさんに渡しておこう」 握りしめた写真をそのままポケットにしまって、僕はその場を後にした。

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