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葵の好きだった人は年上の男の先生――とだけは知っていたが、まだ若そうなのに随分と草臥れた印象だった。わざとかもしれないけど。
俺はあの人が現れたとき、葵が泣きだすんじゃないかとか、彼女に詰め寄って行くんじゃないかとか、馬鹿みたいな心配をした。結局それは杞憂だったんだけど。
でも……何気ない、普通の一生徒として話す葵の姿は、痛々しくて見ていられなかった。
なんでそこまで相手に気を使うんだ?
ずっと好きだった相手だから?
その女性には、絶対敵わないって思ったからか?
正解は分からない。けど、彼女に悟られまいと必死で先生と仲良しな生徒を演じる葵の姿は、健気すぎて……
その場で抱きしめて、『もういいよ』って言ってあげたかった。そして俺は、ある違和感に気付いた。
もしかして葵はまだ、先生を好きだった気持ちに蹴りを付けてないんじゃないか……?
理由は分からないけど、何故かそう思った。
これは俺の勘だ。長年培ってきた、おせっかいやきの勘。
俺には葵の気持ちの程度は分からないけど、本気で好きだった相手を簡単に忘れられるわけがない。きっぱり振られてるはずだし、状況からも明白だった。この二人の間に葵が入る余地はない。それは葵も分かっていたんだろう。
だけど……
葵の、先生にする視線は、俺に向けるものとは違った。
恋焦がれている、とでもいうのか。
『まだ、先生が好き……諦めたくないよ……』
そんな葵の切ない声が、今にも聞こえてきそうだった。
まだ、想い続けるつもりなのか?叶わない恋を、これからもし続けるつもりなのか?
いや……葵は、俺のことを好きになろうとしている。先生のことを、頑張って忘れようとしている。でもそのきっかけというか、タイミングが掴めていないだけなんだ。
もしかして葵は、失恋したあと泣いてないんじゃないだろうか。
それは十分にあり得る予想だった。葵は変なところで意地っ張りな性格だって、最近よーく分かってきたから。
先生の彼女から写真をせがまれたので、特別に撮った。葵の知り合いじゃなかったら絶対にこんなことはしない。
写真を取った後、俺達は早々に先生たちと分かれた。葵は少し顔色が悪くて、うまく息が吸えてなくて相当無理をしていたんだと分かった。俺が恋人のように腰を抱き寄せても、ちっとも抵抗もしない。
泣かせてあげないといけない。
こんな気持ちを、ずっと溜めこんでいたらダメだ……。
そう思った俺は、遊園地で泣いていてもおかしくない場所――すなわち絶叫マシーンへと、葵を連れて行った。
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