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第2話 Schicksal~運命

「少し良いか?」  エーリヒはますます姿を現さなくなった。朝食と夕食は部屋で、昼食は図書室で。散歩は昼食後か夕方に一人。  明らかに避けられている。ライムントはそうとしか思えず、痺れを切らして図書室へと足を向けたのだ。 「どうぞ」  返って来た声は感情のない冷たい響きを帯びていた。エーリヒにすれば既に、胸の内に募る想いは耐え切れない状態に至っていた。レオンハルトの姿は愚か、ライムントを見るのすら今は辛い。 「俺は何かお前にしたか?」  エーリヒとライムントは対等な身分として、互いにタメ口を言う間だった。 「別に」  それ以外にどう答えれば良い?胸を満たす想いを吐露しても惨めで虚しいだけだ。  既に想い人のいる相手。しかも想い人が想う人間相手に、何を語れと言うのだろう? 「ならば何故、俺やレオンハルトを避ける?」 「少しばかり人から離れたい気分なだけだ」 「俺やレオンハルトに不満がある訳ではないんだな?」 「不満?そんなものはない。余はただ……自分が嫌いなだけだ」  ただ一人の理解者で友で従弟。その彼の幸せを素直に喜んでやれない。自分の浅ましさが憎い。 「一体、何が原因だ?レオンハルトが心配してる。お前に嫌われたのではないかと」 「嫌う…?余が…彼を…?  ああ、そうだな。そうかもしれない」  心とは真逆の事を口にする。そうだ、これを聞いて嫌ってくれればいい。むしろ憎んで欲しい。そうすればたとえ真逆でも、愛しい者の心を得られる。  科せられ新たなるカルマが本来、噛み合う筈の歯車を狂わせる。歯車がズレて狂う軋む音が、それぞれの心の中で悲鳴になる。 「話はそれだけか?」  机の上の厚い本を閉じてエーリヒが言った。いつもは相手の瞳をとらえるような眼差しは、今は伏せられて見る事も出来ない。 「…邪魔をした」  他に言葉が見つからずに、ライムントは図書室から引き下がるしかなかった。  背後で扉が閉まりライムントの足音が遠ざかって行く。これで本当に一人になった。エメラルドグリーンの瞳から、涙がこぼれ落ちる。天に呪われたとしか思えない我が身が、エーリヒには憎かった。せめて、せめてこの生命を終わらせてくれれば良いものをと。  自らの生命を絶つ事すら許されぬ。ただ運命に翻弄されて、生きるしか術のない身が哀しかった。  ライムントとレオンハルトが外にいる時間や眠っている時間に、エーリヒは礼拝堂でひたすらに祈り続けた。 「全能の天主、終生童貞なる聖マリア、大天使聖ミカエル、洗者聖ヨハネ、使徒聖ペトロ、聖パウロ、および諸聖人に向かいて、我は想いと言葉と行いとをもって多くの罪を犯せしことを告白し奉る。  これ我が過ちなり、我が過ちなり、我がいと大いなる過ちなり。  これによりて、終生童貞なる聖マリア、大天使聖ミカエル、洗者聖ヨハネ、使徒聖ペトロ、聖パウロ、および諸聖人に、我が為に我らの主なる天主に、祈られん事を願い奉る。  願わくは全能の天主、我らを憐れみ、我らの罪を赦して終りなき命へ導き給え。  アーメン。  天主にまします御身を我ら讃え、主に坐す御身を讃美し奉る。  永遠の御父よ、全地は御身を拝み奉る。  総ての御使いら、天つ御国の民、万の力ある者、ケルビムも、セラフィムも、絶間なく声高らかに御身が祝歌を歌い奉る。  聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の天主、天も地も、御身の栄えと御霊威とに充ち満てりと。  誉れに輝く使徒の群れ、誉め讃うべき預言者の集まり、 潔き殉教者の一軍、皆諸共に御身を讃え、全地に遍き聖会は、御身、限りなき()いつの聖父(おんちち)を、いと高き御身が真の御独り子と、また慰め主なる聖霊と、共に讃美し奉る。  御身、栄えの大君なるキリストよ、御身こそは、聖父の永久の聖子(おんこ)、世を救う為に人とならんとて、乙女の胎をも厭わせ給わず、死の棘にうち勝ち、信ずる者のために天国を開き給えり。  御身こそは、御父の御栄えの内に、天主の右に坐し、裁き主として来りますと信ぜられ給う。  願わくは、尊き御血もて(あがな)い給いし(しもべ)らを助け給え。  彼らをして諸聖人と共に、永遠の栄えの内に数えらるるを得しめ給え。  主よ、御身の民を救い、御身の世継ぎを祝し、  彼らを治め、永遠に至るまで、彼らを高め給え。  我ら、日々、御身に謝し、世々に至るまで聖名(みな)を讃え奉る。  主よ、今日(こんにち)我らを護りて、罪を犯さざらしめ給え。  我らを憐れみ給え。主よ、我らを憐れみ給え。  主よ、御身に依り頼みしわれらに、御憐れみをたれ給え」  長い『告白の祈り』を繰り返し唱え、合間に無言の祈りを捧げる。心配した執事が覗きに来るが、エーリヒの何かに悩み苦しむ姿に言葉を掛けられずに下がった。    レオンハルトが館に来て1ヶ月が過ぎた。年も押し迫った日、デュルク・バッヘム卿が約束した少年がやって来た。時間がかかったのは、様々な手続きを必要としたらしい。 「叔父デュルクの申し付けで上がらせていただきました、ロルフ・エッケルトでございます」  エーリヒの前に(ひざまづ)き、よく通る声で挨拶をする。 「エーリヒ・フォン・ゴッドリープ=ウォードブルグである」  エーリヒへの挨拶を済ませると、次はライムントとレオンハルトに挨拶へ向かう。その後ろ姿を見送ってエーリヒは庭へ出た。  以前は新参者の挨拶は、ライムントと一緒に受けていた。そんな日が遠い昔だったように感じた。  美しい薔薇(ばら)が咲き乱れる庭に一人立ち、手にした籠に開ききった薔薇の花を摘んで丁寧に入れていく。薔薇は半開き状態が、一番美しく強い芳香を放つ。だが開ききった花は放置すると、花びらにカビや病原菌が着きそこから枯れて腐敗していく。他の花を守る為にも、開ききった花は手で摘んでしまうのが良いのだ。  花はそのままバスタブに入れて入浴剤代わりにする。薔薇の蜜と油は強い保湿効果がある。香には人間の周囲の菌に対して殺菌力がある。またリラックス効果と集中力を高める効果があり、余り知られてはいないが男性に対する緩い崔淫効果がある。  花びらでもまだ開ききったばかりのものは、芳香が強いのでジャムにしたり、水に香を移して薔薇水を作る。  ここの薔薇は手入れなど不要だが、エーリヒは気が向くとこうやって花を摘みに来る。  亡き母エルメンヒルデが薔薇を愛していた。それで彼女の為に幼い頃から薔薇を摘んで、届けるのがエーリヒの役目だった。  今朝、久し振りに食事を摂ったライムントとレオンハルトは、一緒に入浴する話をしていた。薪が熱源だったこの時代、湯を沸かして入浴するのは大変な贅沢だった。水自体が日本よりも貴重だった欧州では、入浴は2ヶ月に一度くらいだった。入浴によって神の守護が消え、悪魔に狙われるという考え方まであった。  だがここは湖の中の島だ。水には不自由していない。館ではエーリヒの命令で、朝から湯を大量に沸かしている。浴室の準備が出来ると、まずエーリヒが入浴する。  湯が冷める為、継ぎ湯が用意されているので、ライムントが続いて入浴する。今摘んでいるのは、ライムントとレオンハルトの為の薔薇だった。  無論、ジャム用の物も脇によけて摘んではいる。 「痛ッ!」  考え事をしながら手を伸ばして、うっかり棘を指に刺してしまった。いつもならばこんな失敗はしないと言うのに。指先から鮮血が滴り落ちる。それはまるでエーリヒの心が流す血涙のようであった。 「殿下!」  駆け付けて来たのはロルフだった。 「お怪我を?」 「大した事はない。」 「何を申されます!小さな傷が生命を奪う病になる事もあります。手当てをいたしますから、お手をお出しください」  見ると彼は薬草を手にしていた。それを掌ですり潰して、傷に乗せて細長い草を包帯にする。 「これで大丈夫ですがご入浴の後にもう一度、手当てを忘れないでください」  その言葉に無言で頷く。 「薔薇はあと、どれくらい必要でございますか?」 「それは…よい。これは余が自分で摘まなくては意味がない」 「では籠をお持ちいたします」 「うむ」  籠をロルフに手渡して周囲を見回す。美しい純白の薔薇が、大輪の花を開かせていた。それを注意深く摘み取る。  ふと、ロルフの眼差しに気付いて、僅かに眉を上げて見た。 「あ…申し訳ございません。その、白薔薇は聖母の花」 「そうだな。薔薇は聖なる属性を持つと言われている。魔性が薔薇に触れると、たちどころに枯れ果てると聞く」  もしエーリヒが本当に悪魔と契約した者ならば、ここに咲き乱れる薔薇は彼に触れて枯れ果てる筈だ。 「この花は余の為に咲いているのだ」  母の死を暗殺だとエーリヒは思っている。つい数時間前まで彼女は、とても元気でいたのだ。エーリヒは彼女の棺に、王城中の薔薇の花を摘んで捧げた。  何もかもを奪われた彼には、咲き乱れる薔薇が母への思い出だった。その母の急死すら魔性に魅入られたエーリヒの仕業にされてしまった。父である先王はそれを信じた。  彼はギルベルタを王妃に迎えてから、次第に性格が変わっていった。穏やかで洞察力と判断力に満ちた、思い遣り深い賢王と讃えられた彼が、短絡的な暴君へと変貌していったのだ。  魔性に魅入られたのは自分ではなく、ギルベルタ王妃の方ではないのか。だがその叫びを発する事は出来なかった。彼女がドラーツィオ大司教と結び付いていたからだ。  公教会こそ神の家。法王を頂点とした聖職者は神の代理人。この時代、ローマ・カトリック教会の考え方は絶対的な力を保有していた。ゆえに教会以外で起こる奇跡も、それを起こす者も皆、魔性に魅入られた異端者なのだ。 「余は…異端者などではない…」  自然に口を突いて出た言葉だった。異端者ではないと言いながら、同性しか愛せない自分。それこそが異端だと心の中で何かが叫ぶ。  その時である。異様な音が無数に起こった。エーリヒとロルフを取り囲むように、蜂が姿を現したのだ。 「この季節に蜂!?」  驚きの声を上げるロルフを抱き寄せた。 「風よ…刃となりて魔物を切り裂け!」  二人を取り巻く風が、近付いて来る蜂を刃となって切り裂いていく。風の音、蜂の羽音、切り裂く音。それは凄まじいコントラストだった。  ロルフは恐怖の余りに、何もかもを忘れて縋り付いた。 「エーリヒ!」  異常事態に気付いたライムントとレオンハルトが駆けつけた。 「炎よ、魔性を焼き尽くせ」  ライムントが手にしていた蝋燭の火が、轟音をたてて巨大な火の塊を作っていく。すると風が渦を巻いて、ま蜂を巻き込み始めた。その渦に炎が引き寄せられ、蜂を焼きながら炎ね渦巻きになる。だが、蜂は次々と姿を現した。 「天軍の栄えある総帥、大天使聖ミカエルよ、かつて悪魔の大軍が全能なる天主に反きし時、御身は"誰か天主にしくものあらん"と叫び、数多の天使を率いて彼らを地獄の淵に追い堕とし給えり。  故に御身をその保護者となし、御身をその守護者と崇め奉る。  願わくは霊戦に当りて我らを助け、悪魔を退け給え」  レオンハルトは祈祷文から《公教会》という言葉を、わざと除外して唱えた。  彼が1ヶ月前にここへ来た時のように、純白の羽根が一斉に降り注いだ。蜂は羽根にふれると黒い霧と化して消えていく。  ロルフはその美しく壮絶な光景に、我を忘れて見入った。  いつの間にか、風も炎も消えていた。 「アレルヤ、アレルヤ。大天使聖ミカエル、我らが審判への恐れのうちに息絶えざらんよう、戦いにおいて我らを守り給え。  アレルヤ。天より聖ミカエルの下り給えば、地は震え、海は揺り動かされん。アレルヤ。 ………聖ミカエルよ、感謝いたします」  エーリヒとロルフ。  ライムントとレオンハルト。  運命の歯車がこの時、軋んで悲鳴をあげたのにまだ、誰も気付いてはいなかった。  ロルフにとってエーリヒは大事な主だった。 『身命を賭してお仕えし、お守りせよ』  それが叔父デュルク・バッヘム卿の命令だった。対面したエーリヒは美しい面差しで孤独な瞳をしていた。それはロルフの胸に痛みを与えた。  逆にライムントに対面した時は胸がときめいた。彼はエーリヒにはない、快活さを持っていた。  だがそれは今、苦悩に押し潰されそうになっていた。エーリヒが自分やレオンハルトに背を向けてしまったからだ。  レオンハルトに至っては、エーリヒの後ろ姿を涙目でみつめていた。  三人がそれぞれ悩んでいる。だが恐らくはそれぞれが相手の悩みに気付いていない。気付く余裕がない。  ライムントはエーリヒが彼を気に入った様子を見て、側で話し相手になってくれるように望んだ。  その時、一瞬、視線が絡み合った。切ないまでの熱を持った瞳が互いの心へ石を投げた。息を呑んだロルフに「エーリヒを頼む」と告げて、ライムントは踵を返して立ち去ってしまった。  ロルフはただ、唇を噛み締めて立ち尽くすしかなかった。  庭園での一件からエーリヒは、ロルフを共にして散歩するようになった。食堂にも姿を現すようになった。だがそのエメラルドグリーンの瞳は、ライムントやレオンハルトには向けられなかった。向けたくなかったのだ。  仲良く寄り添う二人を見れば、また苦しみに喘ぐ事になる。  その日はクリスマスイブ。  内輪のパーティーの後、グラスとワインを手にして、エーリヒがどこかへ行ってしまった。彼は今夜、かなり呑んでいた。ふらつく足元でどこへ行ったのか。  ロルフの知らせに、ライムントもレオンハルトも執事も慌てた。どこか投げやりな今のエーリヒは、何を始めるかわからない部分がある。  部屋には彼の姿はなかった。  やっとロルフがその姿を発見した場所は屋根の上だった。しかも湖に大きく張り出した、礼拝堂の一番高い場所だった。  エーリヒはそこに座って、一人で月を見上げてグラスを傾けていた。 「殿下!」  慌てて近付こうとすると、鋭い声が飛んで来た。 「来るな!余は楽しんでおるのだ、邪魔はするな!」  端に座って両脚を湖の方へ投げ出している。場所は不安定で、バランスを崩すと間違いなく落ちてしまう。  凍らなくなったといえども水温は氷点下だ。落ちれば一溜まりもなく心臓が停止する。  今のエーリヒはそれを自覚しているのであろうか。グラスを凍て付いた空に掲げ、クスクスと笑いながら呷るように呑む。空になったグラスにワインをなみなみと注いだ。そこでボトルが空になって、湖に投げ捨てた。  エーリヒは窓に詰め掛けた皆を振り返って、グラスを掲げて言った。 「Purost(乾杯)」と。  一気に呑み干して今度はグラスを湖に投げた。見届けたエーリヒは声高に笑い出した。  何がそんなにおかしいのか。全身を震わせて笑う姿が異様で、耐えかねたライムントが窓から屋根へ出た。 「エーリヒ、それ以上動くな!」  するとその声に彼は立ち上がった。細い背の部分に立つ足元が不安定だ。伏せられていた顔がゆっくりと上げられた。 「…」  ライムントはその瞬間、言葉を失った。その頬が濡れて月光に光っていたのだ。  口元に笑みが浮かんだ。  と…その身体が揺らいだ。  慌てて駆け寄ったライムントの手をすり抜けて、エーリヒの身体は夜の漆黒に染まった水面へと落ちていった。 「エーリヒ!」  ライムントは慌てて取って返した。使用人たちも慌てて下へ。松明に火を点して探すが、突風がそれを吹き消してしまう。まるでエーリヒの意志を表すかの様に、先ほどまで凪いでいた風が荒れ狂う。  その時だ。  ロルフが湖に向かって叫んだ。 「水よ、殿下を返せ!」  突然、湖の水面が波立つ。それを防ぐように風が荒れ狂う。風が悲鳴を上げて抗うが、水面はモーセが紅海を渡った時の様に開かれた。  ライムントの手が松明に火を点す。恐る恐る進んだ彼は、水底の水草の中で倒れているエーリヒを発見した。急いで抱え挙げて岸に戻った。 「湯を沸かせ!」 「暖炉に薪を!」  館中が大騒ぎになった。  まだ生きている。  死なせてはならない。  ライムント以外がそう思った。だがライムントにはわかっていた。エーリヒは酔ったふりをして、自ら湖に身を投じたのだと。涙を流し禁じられた自殺を図ろうとした。彼をそこまで苦しめているのは何であるのだろう?  以前のように語ってくれない彼に、ライムントは戸惑っていた。  暖炉の前に何枚もの羽根布団が運ばれ、急拵えの寝床が整えられた。そこへ湯で身体を洗われ温められ、着替えを済ませたエーリヒが運ばれて来た。いつもは紅に染まっている唇が、今は紫になって固く引き結ばれていた。 「どうだ?」  医師でもある執事のウルリヒ・チェルハは首を振った。 「体温が下がり過ぎておられます」 「何とか方法はないのか!」  叫びながらも心のどこかでこのまま死なせてやった方が、幸せではないのかという思いが過ぎる。それを懸命に振り払って、エーリヒを助ける方法を問い掛けた。 「どなたかがその身体で温められましたなら、或いは………」  その言葉にライムントが上着に手を掛けた。だがその手をレオンハルトが止めた。 「私にさせてください」  蒼白になって震える声で嘆願する。彼がエーリヒに並々ならぬ想いを抱いていると何となくは感じていた。だがエーリヒは彼を嫌っている。  そしてレオンハルトは自分が、ライムントを彼から取り上げたと思っていた。  せめてもの罪滅ぼしに。自分の生命を全て、エーリヒに与える覚悟だった。  エーリヒの衣類を脱がせ、やはり衣類を脱ぎ去ったレオンハルトが覆い被さる。その上に幾重もの布団や毛皮が掛けられる。触れた身体は氷のように冷え切っていた。 「エーリヒさま…エーリヒさま…」  もし自分の存在が彼を苦しめた結果ならば、この生命はいらないと思っていた。 「ああ天主、主はくすしき階級を立てて天使と人との聖役を分かちたまえり。  願わくは天に於いて手の御前に仕うる天使をして、地上に於ける我らを護らしめ給わん事を。  我らの主キリストによりて願い奉る。  アーメン」  エーリヒの耳元で天使の加護を求める祈りを繰り返し呟く。  ウルリヒはロルフに命じて布団の中に手を差し入れて、エーリヒの足の指を揉み解すように言い、ライムントと両側に座って、やはり中へ手を差し込んで指先から掌を揉み解す。  それぞれが祈りの言葉を口にするが、エーリヒの目は閉じられたままだ。 「力強き援助の為、天軍の総帥なる栄光ある王子、反逆の霊共を超えた勝利者聖ミカエルに、非常に弱く罪深いながらも非常な誇り及び野心を抱きがちである私をお忘れにならないでくださいますように御願い致します。  全てのの誘惑と困難に於ける力強き援助を、またとりわけ邪悪な力との私の最後の闘争に於いてお見捨てにならないでくださいますように、私をお与えし、お祈りいたします。 アーメン」

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