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第4話
「あぁぁ、シャツが・・・破けてる・・・ったく、アイツら」
さっきの彼が、床に散らされたシャツやズボンを拾いながら、半ばあきれるように言った。僕は、肩にかけてもらったジャケットを返そうと思い、するりと手に取ると彼に差し出す。
僕は、肌を晒したまま床に座っているが、僕を見た彼の瞳が、一瞬大きくなったのを見ても恥ずかしいとは思わなかった。
「ぇ、っと、どうする?コレ。着て帰れるかな・・・ジャケットは大丈夫だけど、シャツが・・・」
「そのままで、いいです・・・カラ」
と、言ったところで、僕の目からポロリと滴が。
「あ・・・」
顔色を変えた彼が、僕の目を見る。
自分では分からなかったけれど、僕の目からは涙がぽろぽろと溢れていたらしい。
「な、泣くな。・・・いや、泣いてもいいか・・・。いいな。うん、泣け。」
そういうと、彼は僕の体をギュっと包み込むようにして、抱きしめてくれた。
事務机と破れたソファーがあるだけの部屋で、何分くらいそうしていたのか、少し寒気がしてブルっと震えたので、彼が慌てて服を着せてくれたが、破れたシャツの上に、自分が着ていたベストを脱いで着せてくれた。
下着まで穿かせてくれたのに、何も言えず、僕はただ茫然と立っているだけだった。
「名前、聞いてもいいか?」と言われ
「ササキ アユム」とだけ答えた。
「俺は、友田 謙(トモダ ケン)港南工業高校の一年。」
-トモダ ケン・・・
頭の中に、その名前が深く浸み込んでくる。
僕は、友田さんに支えられながらビルを後にしたが、その時は頭の中に日下部くんの事が抜け落ちていて、思い出したのは友田さんが僕をマンションに送り届けてくれた後だった。
カバンの中の携帯には、日下部くんからの着信履歴が連なっていて、それを見たらまた涙がこぼれる。メールもくれていたみたい。悪い事をしてしまった。
そこに混じったお母さんからのメール。
今日もお母さんは遅い。撮影が長引いたら都内のホテルに泊まると書かれていた。
「ここの風呂ってすごいな、ボタン押すだけで浴槽にお湯がたまるんだ?!」
そう言いながら、友田さんが僕の部屋に入ってくる。が、僕がまた泣いているので、立ち止まってしまう。
「あいつら、何が楽しくてあんな事・・・・」
声を震わせて俯く僕に言ったけど、僕にはよく分からなくて。
「あ、んなコト?」
流れる涙を拭きもしないで聞いた。
「・・・」
友田さんの言葉が途切れる。
僕が裸でいたことで、いろんな事を連想されるが、それを確かめるのが怖かった。
友田さんがあそこにいたのは、アルバイトに来ると、あの部屋で時間をつぶしてから仕事にかかるらしく、まさか僕が裸に剥かれて何かされているなんて、思いもしなかった事だろう。
「僕、記憶が曖昧で…」
自分に起こった事を思い出していいものか戸惑っていると、それに答える様に友田さんの口が開く。
「…あいつら、佐々木くんの裸を……携帯のカメラで…撮影してた……んだ。」
「....................そ、ぅ。」
「明日、学校であいつらの携帯の画像は削除させておく。…必ず、…だから、安心して?!」
はい、と返事はしたけど、安心はできない。面白がって僕を裸にする人達に、常識なんて通じないだろう。それでも、今は友田さんの気持ちに答えたくて。
「じゃあ、そろそろ佐々木くんの親も帰ってくるだろ?…俺は、バイトキャンセルしたし、帰るよ。」
「ア、………ごめんなさい。僕なんかの為に…」
大切なアルバイトの邪魔をしてしまった。
出来るだけ、人とは関わらず、そっと暮らしたいのに、うまくいかない。それに、この家に引きこもる気にもなれなくて。
「ア、………有難うございました。」
ようやくお礼の言葉を言えて、少しだけ気持ちが軽くなった。
「いいって、俺が勝手について来たんだから。…けど、ホント、明日絶対あいつらに
画像削除させる。…ア、………アドレスとか聞いてもいいかな?報告するし。」
友田さんがにこやかに言うので、僕は携帯を出して、自分のアドレスを見せた。
友田さんは携帯をいじって、僕の方へメールを送信すると
「俺のアドレス、ちゃんと保存しといてくれよ?…いつでもメールしていいからさ。」
と、言った。
「.............はい。」
少し間があいたのは、メールをやり取りする同年代が、日下部くんしかいなかったから。
僕にメールをくれるのが、二人目になるので少し緊張する。
友田さんの後ろ姿を見送ったあと、もう一度メールの画面を見てから、ゆっくりと机の上に置いた。
誰もいなくなった部屋で、ダイニングテーブルの上の冷凍ピザを口にしたけど、なんの味もしなかった。チーズの匂いばかりが鼻につく。週に一度は食べているので、多分、水や空気みたいに意識しないで入れているんだ。
毎日同じ事の繰返しで、今日みたいなのは特別。とは言うものの、ほとんど覚えていないんだけど。
そういえば、アルバイトって何をしているんだろうと、友田さんの顔が浮かぶ。
あのビルに、どんなお店が入っているのかわからないので、少しだけ気になった。
* * *
翌朝、新しいシャツに袖を通して学校へと向かう。駅でバスに乗りかえて、10分くらい揺られると、海星学院前。
でも、降りるのは、僕ひとりだった。
今は、朝の10時前。登校時間はとうに過ぎている。
ほかの生徒達に会わない様、僕だけの登校時間で通うのも2年目に入った。
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