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第10話

 本当は、休んでしまおうかと思ったんだけど、今日は金曜日だった…。 明日はお休みなので、仕方なく午後から登校してきた僕は、いつもの部屋へ行く。 僕がゆっくり入口のドアを開けると、日下部くんがすぐ近くの席にいて 「休むのかと思った。」と、一言。 机の上にカバンを置き、中から問題集を取り出すと、それを並べながら考える。 何と言って返せばいいのか。 「明日、休みだから…。」 一言だけ言って、席に着く。 「あぁ、それで…?」 日下部くんも、その一言を発すると、自分の読んでいた本の方へと目を落とす。 あんなに短い言葉なのに、分かってもらえるのは助かる。僕は自分の気持ちや考えを人に伝えるのが苦手だった。それに、相手の目を見るのも苦手で…。 僕が見ると、相手の人もじっと見る。この瞳の色が恥ずかしくて、黒のカラーコンタクトレンズを使いたかったけど、ダメだった。 僕の視力は1.2 お母さんにも頼めない。  席について開いた問題集に目をやるが、本当は何もやる気がしない。かといって、ぼんやり外を眺めているわけにもいかず、時間だけを持て余していた。多くの同学年の子は、高校受験で必死に勉強している時期。なのに、僕たちはこのまま高校へと進級できてしまう。もちろん中学に入るため僕も必死で勉強はしたけど、入ってしまえばこうやって過ごしていても高校生になれるんだ。  今日は、下校時間を過ぎても、僕たちに用があるという担任の先生を待っていた。 しばらくすると、担任が大きな茶封筒を抱えて部屋に来るが、僕たちを見ると歪んだほほえみを浮かべる。中の書類に記入して、来週末までに提出してほしいと言うが、僕たちがクラスに行っていれば、先生は1度の説明で済むのに、わざわざこの部屋まで来ることになって、内心はめんどくさいと思ってるんだろうな。と思った。 そんな顔つきで、僕と日下部くんを見ていたから。 茶封筒はカバンに入らないので、脇に抱えると日下部くんと二人で、学校を後にする。  バスの中で、つり革につかまっていると、駅まで行く路線は混んでいて、いつもの余裕はなかった。隣の人と近い距離で立っているのが胸苦しく感じて、時々自分の胸を押さえると、制服のポケットが携帯の振動で揺れる。小さなバイブレーションが、僕の胸に伝わると、なんだかくすぐったくて…。 -きっとお母さんだ、駅に着いたら見てみよう。 6時頃のメールは、”今夜も遅くなる”という知らせがほとんど。週のうち半分はそんなメールだったから、取り立てて急いで見る習慣もなくて。 「じゃあね、また月曜日に...。」 「じゃあ....。」 日下部くんと別れて、電車に乗り換えようと駅の改札へ向かうと、改札口に....... 「..........と、友田....さん?」 「よお、・・・あれ?メール見てない?」不思議そうな顔で聞いてくる。 「ぇ......? あ、・・・」 そう言って、あわてて自分の携帯を取り出した。そこには確かに友田さんからのメールがきていて、〔6時20分の電車に乗るなら改札口にいるから〕と打ってあった。 「お母さんからだと思って.........。見てなかった......。ごめんなさい。」 申し訳なくて謝る僕に、 「あっ、いーの、いーの。・・・こっちこそ、ゴメン。そんなにしょげなくていいから!」 そういうと、また僕の頭に手を置いて、クシャツとひと撫でする。 ---ドクンツ ---- いま、僕の心臓が大きく跳ねた---------------------。 …どうしよう………。 物凄く心臓の音が煩い…。 僕が黙ってしまったので、友田さんが身体をひねって顔を覗き込む。心配そうな目が僕の瞳を見つめるから、余計ドキドキして、下を向いてしまう。 「…どうした?……なんか、悪かったかな?」 「いえッ!!…チ、違う、ンデス…。」 もう自分でも、何が言いたいのか解らなくなって、しどろもどろになる。 どうして僕を待っててくれたのか、とか、何か用事があったのか、とか、聞きたいのに…。 「ちょっと時間あるんなら俺んち来ない?」 「えっ?………」 驚いた。どうして僕なんかを誘うんだろう。こんなつまらない人間、一緒にいて楽しい訳がないのに…。 「俺んち、昨日のバイト先に花を卸してるんだ。あ、バイト先は、カフェなんだけどな。実家は花屋。……どう?来る?」 「…はい、お邪魔させてもらいます。」 何を血迷ったのか、行くと言ってしまった。それも、キッパリと。 にっこり笑う友田さんが、凄く眩しい。

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