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第11話
駅前の通りから、少し外れた場所に商店街があって、そこに友田さんの実家が営む花屋があった。家は店舗の三階部分にあるらしい。
こじんまりした三階建てビルの一階部分は、鮮やかな花で埋め尽くされていて、店の中に一歩入っただけで、心がフワフワするようないい香りに包まれる。
「うわぁ………。凄い…」
取り囲まれた色彩と香りの中で、おもわず声をあげてしまう僕。
「アラ、お帰りなさい。……えっと、…」
友田さんのお母さんらしき女性が、僕を見ると一瞬言葉に詰まったみたいで。僕もどうしていいのか…。
「ただいま、昨日友達になった佐々木くん。…ちょっと上がってもらうから。」
そういって、僕の腕を引くと、脇にある階段をあがりかけたので、
「あ…の、お邪魔しますウ。」と、情けない声で挨拶してしまった。
二階は、倉庫兼事務所兼リビングだそうで、ここでお茶を入れて貰う。
「佐々木くん、ハーブティとか、飲める?それともコーヒーの方が…」と言われて、
「ハ,…ハーブティ下さいッ!」
自分でもびっくりする位大きな声で答えた。
…クス、…
友田さんが、ハーブの入ったガラスの入れ物を出しながら、笑う。
「そんなに緊張しなくていいのに…。」
そう言われても、僕、人の家にお邪魔する事なかったし、誰かに-友達-なんて紹介してもらったのもはじめてで…。
「…けど、大きな声が出るのがわかって良かったよ。」
「…ぇ、?」
「あんな事あって、ショック受けて沈んでると思ってたから…」
- ああ、そうか…友田さんは、普段の僕を知らないんだった。
友田さんには、僕が沈んでたように見えたんだな。
昨日も、おとといも、あれが普段の僕。むしろ今の僕は僕じゃないぐらい変で.....。
中学へ入学した時だって、新しい生徒たちに対して、こんなに高揚したことは無かった。
しばらく待っていると、友田さんがガラスのティーポットを運んでくる。
ハーブのいい香りは、僕の鼻を抜けて脳にも染み渡るようで、瞼を閉じて嗅ぐと意識もスッキリする。一口飲むと、やっぱり清々しい味と香り。
僕の中での友田さんとハーブティーの組み合わせは、なんだかしっくりきた。
友田さんが入れたハーブティを飲みながら、僕たちは何を話す訳でもなく、テーブルの上の花を眺めていた。
すると、僕の右側に座る友田さんが、
「佐々木くんて、ブルースターのイメージなんだよな。」
僕の顔を覗きこむ様にして言うけど、言葉の意味が解らなくて…。
「ブルー・・・・?」
「あっ、花の名前。…えっと、こういうの。」
そういって、花束が載った雑誌を見せてくれた。結婚式用のウェディングブーケかな?
いろんなタイプのブーケの中に、必ず入ったブルーの花を指差して、
「コレ、これがブルースター。瑠璃唐綿(るりとうわた)っていうのが、和名なんだけどさ。」
ミルキーブルーの可愛い花の、どこが僕?首を傾げる僕に、ブーケの写真を指でなぞると
「あの日、目を開けた佐々木くんの瞳を見たとき、そう思った。……白い透ける肌にブルーの瞳が綺麗で、ブルースターの小花が頭に浮かんだんだ。」
....................................。
僕の思考は停止したらしい。
生まれてはじめて、花に例えられて、お礼を言うべきなのか、男に向かって失礼な、と怒るべきなのかわからない。
…けど、ちょっと嬉しかった。
この瞳を恥ずかしいと思っていたのに…。
多分、いい意味で友田さんは言ってくれたんだと思った。
今迄に瞳の色で何か言われる事はあっても、ガイジン扱いで。
小さい頃は、見たままを言うので、ビー玉入ってンの?なんて聞かれて困った事もある。
花の色で言われたのはじめてだ。
「ごめんな?気イ悪くした?」
僕が黙っているから心配そうに。
「あ、いえ、全然……。そんな風に言われたのはじめてです。」
恥ずかしくて、視線を落としたら、
「もっと見せてよ、すぐに俯くなんて…もったいない。」
そういって、僕の顎に手を伸ばすと、くいっ、と上にあげる。
友田さんの目が、僕の瞳をじっと見つめるから、目を逸らせなくて困ってしまった。
それに、………顔が………近い。
自分でも、睫毛が震えているのが分かるくらい緊張している。なんだか僕の息が、友田さんの顔に掛かるんじゃないかって思ったら、悪くて息を止めた。
それでも、眼科の先生が診察するように見るから、ついに呼吸を止めていられなくて、
「ッ…プヒアッ…」って息を吸ったら、さすがに友田さんもびっくりしたみたい。
「ゴッメン、息して?ごめんな?………凄く綺麗で、見惚れてしまった。」
-そんな…恥ずかしいです。
僕の顔が赤くなっていたのか、友田さんが僕の頬に手を当てると、ごしごし擦りだす。
「あ、……の、」
僕の言葉でやっと手が止まって、友田さんもバツが悪そうな顔で苦笑い。
二人で何やってんのかって思う。
「そろそろ、僕、帰ります、から。」
ぎこちなく言って席を立つと、
「うん、じゃあ駅まで送るね?」
下に降りて行くと、友田さんのお母さんが僕の所にきて、花束を差し出した。
「…え?」
驚く僕に、「コレはもう売り物にならないから、よかったら持って帰ってちょうだい。2〜3日ならもつと思うわ。」
そういって、ニッコリ微笑む。
「はい、有り難うございます」
僕はおもいきり大きな声で、お礼を言って頭を下げた。今迄に出した事が無いくらいの大きな声。
駅までの道を友田さんと二人で歩く。
少し寒いね。なんて話しながら…。
商店街の雑踏が、心地よく感じるなんて、不思議だな………。
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