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第13話
昨日は日曜日。それでも僕にはする事もなく、部屋で音楽を聴くぐらいしかない。
パソコン画面の中のミュージシャンが、リズムを刻む姿はカッコよくて、僕の身体も自然に揺れるけど、心が揺れるのとは違う。
僕が心揺らす時っていつなんだろう…。
心臓の鼓動が跳ねたりしたのは、友田さんが近くにいたから。僕に、いろんな初めてをくれたからだと思う。あれは、心が揺れた事になるのかな?
登校してきた僕に、
「今日はカウンセリングルームが空いているらしいよ、…使っていいからね。」
そういってくれたのは、有沢先生だった。
先生は、高等部の人のところに来ていて、ついでに僕ら中学生の勉強もみてくれる。
教室に行けなくなる生徒は、高校生の中にも多くいた。学年を問わないなら、多分ひとクラス分の人数になる。
教室に行けないとか、行かない理由はひとそれぞれ違うけど、みんな心が躍らないんだと思う。そんな人間が、テンションの違う人たちの中に居るためには、自分の人格を曲げないと居られない。それって凄く疲れることで……。
ここに居られる僕たちはまだいい方で、親にも先生にも言えなくて、一人で疲れきっている生徒はたくさんいる。それでも大人は、頑張れと追い続ける。
僕らは、頑張っていない様に思われるんだろうな。怠惰な生活を送る子供たち。
そんな目で見る先生もいる。教師の人格がどうとかいう訳じゃない、僕だって立場が違っていたらそんな風に思っていただろうし…。
カウンセリングルームのドアを開けると、中に2人の生徒がいた。
一瞬入るのをためらったけど、僕が目を伏せて入って行くので、少しだけ異動して僕の入れるスペースを開けてくれた。
6人掛けのテーブルの上には、いつもの箱庭が置かれていて、この二人が並べていたらしく、いくつかの人間のミニチュアが箱の外にまとめられていた。
「…やる?今日はカウンセラー来ないけど。」
一人の生徒が僕に聞いてくる。
「……いえ、後でいいです。」
そういって、僕がこの部屋にある心理学の本を取りに行こうと立ち上がったとき
「きみの母親ってモデルなんだって?いいよな、金持ちは…。」
不意に言われて身体が固まり、立ち尽くしてしまった。
"金持ち"といわれる根拠がわからない。
「別に、普通だと思います。」
いつもなら、無視して黙っているところ。
でも、今日の僕は言い返した。
「……そう?!」
その生徒も一言だけいうと、箱庭のミニチュアをいじりだす。
こういう話題でも、コミュニケーションを計らないといけないのかな?
"金持ち"だったらなんだって言うんだろう。その先の期待された言葉を僕は知らないし、考えたくもなかった。
………疲れる………。
友田さんといた時間が夢の中の出来事みたいで、こっちが現実なんだと教えられた。
................友田さんに、会いたい................。
結局、一日の大半をカウンセリングルームで過ごした僕は、窓の外を眺めながら友田さんの事を思い出していた。
僕を"ブルースター"のようだと言った人。
ネットで検索したら、ホントに僕の瞳の色と似ていて、小柄なところも一緒。
茎自体は弱いらしく、添え木が必要とか…。そこも似ているのかも。
花言葉が載っていて、そこにくぎ付けになった。
"幸福な愛" "信じ合う心"
僕のイメージが、こんなに素敵な意味を持っている花だなんて………。
この現実からは程遠い気もするけど、友田さんは僕の事を何も知らない。だから、外見からのイメージで言ってくれてるんだ。
あの人たちに抵抗も出来なくて、裸にされてしまう僕は、確かに弱い人間で…。
もしも、………友田さんが僕の添え木になってくれたなら…
なんて………、僕の方こそ友田さんの事はよく知らないくせに、なに言ってんだろう。
他の生徒が教室にいる頃、僕と日下部くんはバスに揺られていた。いつもの様に駅前のロータリーで降りると、また僕の携帯が震える。
ほんの少しだけときめくのは、先日の事があったから。
- まさか、ね。
僕は、きっとお母さんからだろうと思った。先週の撮影が変更になったって言ってたから。多分今週はずっと遅いんだろうな…。
「ねぇ、アユムくんは来年どうするか決めた?」
不意に日下部くんが話しかけるので、何の話しかと思ったら、先週渡された資料の中に、進路についての事が書かれていたからだった。
僕たちの通う海星学院は進学校で、高校生になると大学受験に向けて2年間で単位を取ってしまうんだ。3年生になったら受験の為の授業に変わる。1年生に上がるとき、どこの大学を受けたいのか希望を出す。だいたい3校位に絞って、弱い教科を多く勉強出来るようにするらしい。僕は中学3年生だけど、高校生の勉強範囲をはじめているし、公立の高校1年生の問題なら解けると思う。
…けれど、こんな事をしていて大学に入っても、結局は先が見えないまま。
それに高校は、単位を取らないといけないんだ。必ず出なきゃいけない授業がある。僕は、まだクラスにいける気がしなかった。クラスに誰がいるのかもわからないまま、いきなり馴染める訳がないし…。
お母さんは、僕の思うようにしたらいいと言ったけど、まだ決められない。
自分の事なのに、自分がわからない。
「…僕は、まだわからない。日下部くんはどうするの?」
ゆっくりした足取りで、視線を合わさず聞いてみた。
「ボクは……行けそうな大学があったらそこを目指そうと思って…。何がやりたいのかわかんないし。取り合えずは、勉強だけしておく。」
その言葉には、色々な迷いが感じられたけど、日下部くんも僕も、同じような場所にいて、不安ばかりが先にたつ。
「アユムくんは偉いよ。だって試験の時にはちゃんと上位の成績を取っているんだから。」
「.....偉くはないよ?! ほかにやりたい事が無くて、勉強するしかないんだ。日下部くんの様になにか興味のある事があればいいんだけど・・・。」
そう口にして、友田さんの顔と、先日訪れた実家の花屋の景色が脳裏をよぎった。
今の僕が興味を示しているのは、友田さんに関わる事ばかりで......。
「もうすぐ試験だし、趣味は置いといて、今は勉強しなきゃ・・・だね?!」
と、日下部くんが籠った声で言うので、
「うん。・・・そうだね。」
僕は相槌を打つ。
そんな話をしながら、僕たちは改札の所で「じゃあ、また。」と言うと、別の方向へと別れていった。
頬に当たる風は、時折冷たく僕の耳を掠めていくけれど、日下部くんと別れた後で開いたメールを見た僕は、暖かい春の温もりに包まれたようで.....。
: そろそろ花は枯れた頃? 良かったらまた店に来てくれ。新しいハーブティーも試してほしいし、暇なときメールください。:
そこには、今一番興味のある人からのメールが届いてて、僕は思わず両手で顔を覆ってしまった。そうしないと、満面の笑みを浮かべる僕をみんなに見られてしまうから・・・・。
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