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第33話

 僕がいつもの部屋に入ると、日下部くんがすぐに近づいて来る。 「おはよう。」 「おはよう・・・」 なんとなくいつもより元気がないような気がしたので、 「風邪でもひいたの?昨日休んでたし。」 僕がこんな事を聞いたのは、多分初めてじゃないかな・・・・? 僕たちのいる部屋では、学校を休みがちな生徒も多いから、いちいちどうして休んだのかは聞かない事がほとんどで......。 「風邪はひいたけど、それで休んだ訳じゃないよ。........でも、心配してくれたんだ?」 そう聞かれて、うん、と頷いた。 本当は、浩二さんに疲れてしまったんじゃないかなって思ってる。 でも、それは言わなかった。取り合えず今日は出てこれたんだから。 僕は机に教科書を並べると、問題集を取り出し勉強を始める。 教室ではみんなが授業を受けている頃。 正直、数学や英語はちゃんと授業を聞いていないとわからない事が多くて、一人での勉強では伸びないな、と思う。 日下部くんは、週に一度塾へ行っているそうだ。 時々先生が来て勉強をみてくれるけど、ある程度は自分で進めておかないと質問も出来ない。どこが分かって、どこが分からないのか.......。 質問するための勉強をするって・・・変なのかな。 「きのう、うちの父親がついに家を出てったんだ.............。」 聞こえるぎりぎりの低い声で、日下部くんが言ったから驚いた。 そういう家族の話すらタブーの様にしなかったのに、初めて聞くのがお父さんが家を出た話だなんて・・・・。 「.............日下部くん........。」 僕は名前を呼ぶしか出来なくて.........。 彼の力になるなんて無理だけど、何か吐き出したいものがあるのなら聞いてあげたいと思った。それぐらいしかできないから........。 「父親は、ボクの事で母親を責めるんだ。お前の教育が悪いとか、甘やかしているから教室に入れないんだ、なんて・・・ね?!」 「う、ん・・・それは辛いね?!別に誰かのせいでこうなった訳じゃないよね・・・。」 僕が偉そうには言えないけど、こうしてここにいる事は自分が一番良くないとわかっていること。でも、それを修正する方法を知らないし、焦る自分を見るのが怖いから、そっと見ないふりをするんだ。 ひとりひとり状況は違うと思うけど、僕の場合はなぜか足がすくんでしまって行けなくなった。クラスの前で、ドアが開けられず立ち尽くしてしまったのが最初。 僕を珍しい動物を見るかの様に、じっと眺めるクラスメイトたちの中で、バリアを張ってしまったんだ。それが自分を守る事だと思っていたけど、ただ孤立しただけだった。 とにかく下を向き、誰の目にも触れないように過ごせたらいいと思ってしまった。 「母親はボクを可哀そうな子だと思ってる。ボクがいじめにあったと思ってるんだ。」 「え、・・・そうなの?」 「確かに影でいろいろいう奴はいるけど、気にしないさ。ただ・・・リアクションに困るっていうか、切り返しが分からないんだ・・・」 「切り返し・・・うん、僕も。僕もそういうのは分からないよ。相手がどういう答えを待っているのか全く・・・だから、話しかけられるのが苦手。」 いつの間にか、僕たちはちょっとした相談ごっこをしていたようで、初めて日下部くんの素顔を見たような気がした。眼鏡の奥で少し寂しそうなのは、両親の事があったのかな? 僕は母一人、子一人の家庭で育ったからわからないんだけど、父親の存在って怖いのかな....。 僕の中の父親のイメージは有沢先生だったから、怖いという感覚はなかった。 自分が原因で、両親が喧嘩するなんて悲しいよね?! でも、どうしたらいいのか分からない。日下部くんがクラスで過ごせたらすべてうまくいくのかな?それで日下部くんも幸せになれるんだろうか・・・・ 僕には、まだよく分からないし、掛ける言葉が見つからなくて、唇を噛みしめる事しかできないでいた。

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