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第66話
「アユ~~~ウ………」
マンションのドアを開けて、玄関で靴を脱いでいると、リビングの方から僕の名前を呼ぶお母さんの声がした。
「ただいま、…な・・」
何か用かと言いかけたが、テーブルの上に突っ伏している姿を見て驚く。
「どうしたの?具合でも悪い?」
お母さんのこんな格好は初めて見るし、困った顔をしていたから心配になってしまった。
「ぁあ、違うの......あさってから急きょハワイへ行く事になって………。」
「ぇえっ、突然だねぇ…。」
今までも、急に仕事が入る事はあったけど、流石に海外でってのは初めてだ。
「同じ所属事務所のモデルが骨折したらしくて………。その穴埋めなのよ!」
「お母さんのパスポート、切れてない?もう何年前だっけ、海外の仕事って。」
確か、僕がまだ低学年の時だったと思って聞いてみた。
あのときは、前もって分かっていたから、僕は学校を休んで付き合わされたんだ。
撮影の間に、色々な人たちに囲まれて困った事を覚えている。
「パスポートは、ちゃんとあるからいいのよ。ただ、アユの事が、……」
- お母さん............もしかして、僕を連れて行く気じゃないだろうね?
「僕はひとりで留守番できるし、行ったって一週間ぐらいでしょ?」
先手を打って、行かない事を知らせておこうと思った。
小さい頃と違って、僕は更に人見知りが進んでいるんだ。絶対お母さんに心配かけてしまうと思う。それに、カメラマンの人が僕を撮りたがるから・・・怖いんだ。
逃げられない気がする・・・・・。
「まあ、今だってほとんど一人の様なものね?お母さん遅いから・・・・」
「そうだよ、それに食事だって自分で作れるようになっているんだからさ!気にしないで行っておいでよ。」
「うん・・・そうね。じゃあ、謙さんの所で晩ごはん食べられるように、お願いしておこうかな?冬休み間もカフェでバイトしているんでしょ?」
「うん、・・・きっとね! 毎日するんじゃないかな?」
「だったら明日、お店の方に電話しちゃおうかしら!」
「あ、いいって!僕がまた行った時話すから。」
「・・・そう?」
少し残念そうな顔をしたが、お母さんは立ち上がると出掛ける準備を始めた。
大きなスーツケースではなく、小ぶりなキャリーバッグを取り出して着替えを入れ始める。
向こうに着けば、メイクやスタイリストの人が色々用意していてくれるし、お母さんの持ち物はいつも最小限だった。
僕はそれを目で追いながら、少しウキウキした気分になる。だって、堂々と友田さんに会いに行ける口実が出来たんだから......。
今までの退屈な冬休みが、今年は違うかもしれないと思うと、胸の奥がほんのり熱くなって、もう明後日が待ち遠しくなってしまった。
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