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第67話

 朝からバタバタと、出掛けて行ったお母さんを見送った後、僕は部屋の掃除を始めた。 誰かが来ることを見越した訳ではないけれど、年末の大掃除に、お母さんが大変だと思ったから…。 でも、"もしかしたら、友田さんがくるかもしれない"という期待も少しはあったりして。 ひととおり、掃除機をかけて朝の食器を洗っていたら、僕の携帯が鳴った。 メールが入ってきたようで、濡れた手を拭きながら開くと、そこにあったのは"桃里くん"の名前。 早速のメールで、少しだけ緊張した僕の指が強張ってしまう。 - 冬休み中に、どこかでお誘いがあるのかな? そう思って見てみると、今日の夕方の誘いだった。 "もしも、夕方時間があったら本屋に付き合って下さい。参考書選んでほしくて(*^^*)" - このメールをもらっちゃ断れないよ。 桃里くんは、最近までクラスで授業を受けていたから、急に取り残される気がして心配なのかな…。 僕が選んでいいんだろうか、と思いつつも、頼られるのが嬉しくて。 "いいよ。4時に稲田駅のホームで待ち合わせでも大丈夫?" 僕がメールを返すと、すぐにまた返信があり"ハイ。お願いします。" なんだか、くすぐったい…。 いつもは、僕が友田さんに頼ってばかりだったから、人から頼られるっていう気分を初めて味わった。少しだけ大人になった様な気がして、身長まで伸びた気がするけど、まあ、そんな訳はないか…… 3時を過ぎると、僕は何を着ていこうかと悩む。休日に誰かと会うなんて初めてかも。 こういう時、制服の有り難さを実感する。僕は、今までお母さんが買って来たものを着ていたし、誰かに頂いたものばかりで、自分ではファッションって気にしなかったな、と思った。 取り合えず、ブラックジーンズを穿き、上はグレーのセーター。それから黒のダウンジャケットを羽織って出掛けた。 ホームで待っていると、入ってくる電車の中に桃里くんが立っているのが目に入って、僕が手をあげて左右に振ると、直ぐに気づいてドアの側まで来てくれた。 「同じ沿線だから、待ち合わせ楽ですよね。それに、佐々木先輩って見た目で直ぐ分かるし…。」 僕が電車に乗るとそう言われ、前は容姿の事を気にしていたことを思い出した。 「あっ、すみません。変な意味じゃないから……えっと、その…き、綺麗っていうか。」 慌てる桃里くんが、大きな声で言うから笑えてしまった。 「ありがと、でも綺麗なんて…それはチョット……ね?」 クスクス笑う僕の顔を覗きこんだ桃里くんは、真剣な顔をすると 「ホントに綺麗なんです!……ホントに。」 と、自分の胸を押さえながら言った。 ガタン、ゴトンという音が、僕の鼓動と共鳴してくるから、駅に着くまで無言のままその音を聞いていた。桃里くんの言い方が、なんだか嬉しいような恥ずかしいような。 「綺麗」という言葉は、僕の中では女性に対しての賛辞で、男の僕に向けられるのは変な気がする。時々お母さんも言ったりするけど、よく分からなかった。 僕らは三田駅で降りると、改札を抜けて広い通りにある大型書店へと向かう。 学校の帰りに寄る書店で、僕の参考書もここで揃えていたから見つけやすくて....。 一通り自分が使ってよさそうなものを選んだが、桃里くんの学力が分からないから迷ってしまう。あまり先へ進み過ぎてもいけないと思って、今までの授業の内容とかを聞きながら選んでいった。 「ほんとに助かりました。ありがとうございました。」 「いいよ、そんなの・・・。」 レジを済ませて店を出たところで、僕にお辞儀をするから照れてしまう。 こういう所は体育会系の子なのかな。と思い、こんなにも、はきはきした事が無い僕には眩しいほどだった。 夕方になったので、このまま友田さんがバイトしているカフェに行って夕食を済ませてもいいんだけれど、桃里くんに悪いかと思い二人で駅に向かって歩いて行く。 「アユム!!・・・」 ふいに背中から声がかかり、振り返ってみると、そこに居たのは友田さんだった。 友田さんの胸には、今僕たちが出てきた書店の袋が抱えられていて、「あれ?」と思う。 「そこの書店に居たんですか?」 そう聞いた時に、一瞬僕たちを見た目が怖く感じられて、初めての眼差しを向けられた僕は、言葉を詰まらせてしまった。

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