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第74話
「あの、佐々木先輩はいつからクラスに行けなくなったんですか?」
「え?………」
食べ終わった食器を二人で洗っていると、不意に桃里くんが聞いてくるからビックリするが、むしろ何の含みも持たずに聞かれると、かえって清々しい。
まあ、同じ境遇に身を置いているものとしては気になるのか........。
「2年の始めごろかな?でも、1年生の秋頃には休む様になっていたかも…。」
あの頃の記憶は曖昧で、毎日を只、やり過ごす事しか考えていなかった。クラスメイトに話し掛けられない様に、とにかく休み時間も勉強していた気がする。
「…桃里くんは?……」
日下部くんにも聞いた事が無いのに、すんなりと聞いていて、自分で驚く。でも、率直に気になってたから………。
「ボクは、今年の夏に怪我をして、柔道ができなくなったんで、その後ですかね。なんかクラスの友人たちが腫れものに触るみたいな感じになって.......」
「ああ、そうしたら本当に柔道やっていたんだ?!北村くんが言ってたのはその事か。」
「ボクは、小学生から柔道やってて、それで海星学院の中等部に入れたっていうか・・・。だから、勉強だけじゃ全然追いつけなくて......。柔道出来なきゃただの落ちこぼれですから・・・。」
「そんな・・・」
驚いた。桃里くんの様な屈託のないまっすぐな子が、自分を卑下するなんて・・・。
僕からしたら、柔道なんかなくたって友達の中にも溶け込めそうだし、十分楽しい学生生活を送れそうなのに。
「でも、良かった。佐々木先輩に出会えたし、家まで押しかけちゃったし・・・。」
「え??・・・桃里くん?!」
「ふふ、参考書はきっかけづくりです。本当は、こっちがボクのしたかった事で。」
そういうと、食器を拭き終わった僕の横にぴったりくっついてきた。
「え?・・・桃里く・・・・」
名前を呼ぼうとして斜め上を見上げたら、いきなり唇にキスをされて.......。
「.............ん?!.......」
後ろ手に腕を交差して掴まれたら、どうにも動けなくて、僕は手の先だけをバタバタさせる。力の入れ方がうまいというのか・・・痛めるほどの強さではないけど、確実に動けないツボを心得ていて、身体が密着すると僕の足も動く場所が無くて、何もできなくなってしまった。
「んッ...................」
それでも必死に目だけは見開いていたら、
「ゴメンナサイ」
桃里くんは僕の身体を開放してそう言ってくれた。
僕は、その場でへなへなっとしゃがみ込んでしまう。情けないけど、力のない自分に腹が立つ。この間の小金井さんといい、桃里くんといい、僕は何一つ抵抗が出来ないままだ。
「佐々木先輩、ごめんなさい。調子に乗り過ぎました。」
僕の腕を掴んで引き上げ乍ら言うから、少しだけ身構えていると
「今日は帰ります。驚かすつもりじゃなくて、ボク、佐々木先輩に憧れてて、なんて言うか、好きになっちゃったみたいなんで。」
「・・・・ぇえ?」
いとも簡単に、なんて事を口走るんだろうか・・・・・!
益々僕の頭は混乱する。中学生の、年下の、男の子に「告白」めいた事を言われて・・・
「では、おやすみなさい。カギ閉めて下さいね?」
「・・・・・う、・・・ん」
パタリ - - -
静かに玄関の扉が閉まり、僕はその音だけを耳に留めて呆然としていた。
あまりにも突然の出来事で、胸の鼓動が大きく鳴り出したのは今頃になってからで。
驚き過ぎた僕の心臓は、機能するのを忘れていたんだろうか..............。
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