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第76話
ドアを開けると、鼻や頬に当たる風が冷たくて、一瞬ヒヤッとなるが、僕の心はドキドキと嬉しさで、熱すぎるくらいに火照っていた。
バスと電車を乗り継いで、三田駅に着いたが、何処へ行ってもクリスマスソングが流れていて、回りを見ればカップルだらけ。
今までは、あまり気に止める事が無かったけれど、手を繋いだり腰に手を当てたりしているカップルを見ると、こちらが照れるのはどうしてだろう。
待ち合わせの場所は、映画館前。
これって……デート、だよね?
ついつい顔がほころんで、頬の筋肉は緩みっぱなし。
こういうのをデートっていうんだよ。先日の桃里くんと本屋へ行ったのはデートじゃなくて……。とんだ勘違いをした友田さんだったけど……桃里くんは僕を好きなんだよね。
思い出すと、また頭の中がぐるぐるしてくるから、自分にダメだと言い聞かせる。
「アユム!…ごめん、待たせた!」
「あ、ううん。大丈夫ですよ。」
「行こっ!」
来る早々、僕の腕を捕って映画館へと連れて行く。横顔を見上げたら、少しだけ友田さんの耳たぶが赤かった。寒いからなのか、照れているからなのかは分からないけど、きっと僕の頬も赤くなっていると思う。
回りのカップルのように、歩きながら手を繋いだりは出来ないけれど、映画館の暗い中では手が触れても気にしなくていいらしい。
座席の肘掛けに僕が手を置いていると、その上に友田さんの大きな手が重なる。
僕の指の間に、そっと骨ばった長い指を滑らせると、そのままグッと握られた。
僕たちは、椅子にもたれて映画を観ている間、ずっとそうして手を繋いでいた。
カーチェイスの場面になると、互いに気持ちが入ってしまい強く握りしめるから、手が痛くて…。
2時間程の映画鑑賞で、僕らの手は汗だくになった。
館内の灯りが付くと、自然に手が離されて、少しだけひんやりする。
帰る人たちが、空くまで待って席を立つが、友田さんは僕の手をとると一瞬だけ灯りの中で手を繋いできた。
「………!」
少し驚く僕に、口元を上げてニコリと笑う。が、直ぐにその手は離されて、僕の背中を押すと通路へと誘う。
……恥ずかしくなった。でも、嬉しかった。
- 僕たちもカップルだよね?
心の中で確認し、二人で映画館を出ると、お昼ご飯を食べる為に歩き出す。
流石に人が多くて、学生の姿も沢山見かける。
「アユムは、何か食べたいものある?」
隣で聞かれ、うーん、と考える。
僕は偏食なので、必然と食べるものも決まってしまう。
「トンカツとかは?」
「………」
なかなかヘビィで、ちょっと考えてしまうと、クスクス笑う友田さんが、僕の背中に手を置いて、ニッコリとした。
「アユムのお母さんが言ってた。アユは好き嫌いが多いんじゃなくて、私が作ってあげなかったから、食べず嫌いなだけだって。」
………お母さん、そんな事言っちゃたんだ?
確かに、うちは冷凍食品が多かった。だから、魚料理とかはあまり食べなくて。
でも、たまには凝った手料理を食べさせてくれるから特に気にしたこと無いのに…。
「そうだ、普段は洋食が多いから、今日は和食にしようよ。」
そう言われて、友田さんに付いていったけど、クリスマスなのに和食?!と、思ってしまった。僕の中では、オシャレなカフェでランチの予定だったんだけど、友田さんはいつもカフェに居るから、和食がいいのかな....?
初めて入る割烹料理屋さんは、竹の格子戸に綺麗な色の和紙が貼られていて、琴の音色が聞こえる店内は静かだった。なんだか子供の僕たちが入っていいのかと気が引けるが、案内してくれたお姉さんの後を静かについて行く。
友田さんは全く平気な様子でどんどん奥へ行くと、案内された座敷に上がり座った。
慣れている友田さんとは対照的に、僕は緊張しながら綺麗な装丁のお品書きに目を通して、色とりどりの料理に一々興奮する。
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