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第78話
人で賑わう通りを友田さんと並んで歩きながら、有楽街の看板の下まで来ると、僕らは互いに手を上げて別れる。
僕は、さっきまでの暖かい温もりが消えてしまわないうちに、早く家へ帰ろうと思った。
一人の部屋はさみしいけれど、お母さんが戻ってくるまでにはもう少し日にちもあるから、また一緒に過ごせる日もあると思う。
今度は、家で何か作って食べようと思いながら、駅に向かう。
ただ、その日の帰りの電車は、僕の想像をはるかに超えていた。
三田駅のホームから乗り込むとものすごく混んでいて、クリスマスの夕方だし、これから出かける人たちも多いんだろう。満員電車の中で、周りに大きな人が来ると、僕なんかは埋もれてしまって身動きがとれない。下を向きじっと我慢をして電車の揺れに身を任せるしかなくて......。
.....なんだか、だんだん気分が悪くなってきた。
暖房と、人の熱気と、外が見えない閉塞感で、僕の身体が嫌な反応をし始める。
冷汗が出てくると、動機がしてきて、とにかく次の駅でこの電車を降りようと思った。
電車が速度を落とし稲田駅の一つ前の駅に停車すると、頑張って人の波を押し分けながらホームに降り立つ。
空いている椅子にからだを預けると、コートのボタンを外して少し風を入れた。
首元がスースーして気持ちがいい。何とか吐き気は抑えられて、次の電車が来る頃には収まりそうだと思った。
- はぁ・・・せっかく気分よく帰ろうと思ったのになぁ・・・
普段人慣れしていないせいか、こういう時、自分の生活がいかに普通と違っていたかを思い知らされる。多くの人が、毎日こういう状況で通勤通学しているんだ。
自分だけの登校時間を当たり前のように作っていたけど、なんだか・・・・ダメだな・・
少しして、次の電車がやって来た。
僕が線の内側で待っていると、ゆっくり電車は止まりドアが開く。乗り込んで、ふっと顔を上げると、そこには桃里くんの顔が。
「あ・・・・」
思わず声が出てしまう。昨日の事で、僕らの間には、少し緊張した空気が流れた気がするが、それは僕一人がそう感じたのかも。
桃里くんは普通にニコリと微笑んでいたし、よく見たら隣に女の子がいた。
肩までの髪を両サイドだけ編み込みにして、白いコートを着た可愛い感じの娘だった。
「こんばんは。どうしたんですか?こんな所で」
桃里くんがいつも通りに話しかけてくるから、僕も普通にしようと思ったが、まだ気分がすぐれなくて、別に、と言ってしまった。
「なんだか顔色が良くないけど・・・具合でも悪い?」
「・・・・・・・・・」
答えたらいけない気がして、首だけううん、と振る。
稲田駅に到着するまで、僕は無言のままじっとしていて、駅のホームにゆっくり電車が滑り込むと、ドアが開いたから出ようとした。すると、僕のうしろで
「悪いけど、先に帰っといて。また電話する。ごめんね。」
連れの女の子にそう言う桃里くんの声がして、すぐに僕の腕を支えるようにすると、一緒に駅のホームに降り立った。
人波を避けるように僕の手をとって繋ぐと、そのまま歩いて行き、バスの乗り換え口には行かずにタクシーに乗り込んだ。
全く抵抗も言葉も発しないまま、僕は桃里くんに従っていて、気が付けば自分のマンションの下まで来ていた。
今さらながら桃里くんの行動力には驚かされる。
「部屋まで送りますよ、顔色真っ青ですから。」
「え・・・?」
僕の返事は聞かずに手を繋ぐと、どんどん部屋まで引っ張って行かれて、体力も気力も限界に達していた僕は、そのまま部屋のカギを開けるなり倒れ込んでしまった。
さっき、マンションの通路から見上げた夜空には、満天の星が輝いていて、その景色を目に焼き付けたまま、自分の意識が遠くなっていくのを感じた。
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