78 / 128

第78話

人で賑わう通りを友田さんと並んで歩きながら、有楽街の看板の下まで来ると、僕らは互いに手を上げて別れる。 僕は、さっきまでの暖かい温もりが消えてしまわないうちに、早く家へ帰ろうと思った。 一人の部屋はさみしいけれど、お母さんが戻ってくるまでにはもう少し日にちもあるから、また一緒に過ごせる日もあると思う。 今度は、家で何か作って食べようと思いながら、駅に向かう。 ただ、その日の帰りの電車は、僕の想像をはるかに超えていた。 三田駅のホームから乗り込むとものすごく混んでいて、クリスマスの夕方だし、これから出かける人たちも多いんだろう。満員電車の中で、周りに大きな人が来ると、僕なんかは埋もれてしまって身動きがとれない。下を向きじっと我慢をして電車の揺れに身を任せるしかなくて......。 .....なんだか、だんだん気分が悪くなってきた。 暖房と、人の熱気と、外が見えない閉塞感で、僕の身体が嫌な反応をし始める。 冷汗が出てくると、動機がしてきて、とにかく次の駅でこの電車を降りようと思った。 電車が速度を落とし稲田駅の一つ前の駅に停車すると、頑張って人の波を押し分けながらホームに降り立つ。 空いている椅子にからだを預けると、コートのボタンを外して少し風を入れた。 首元がスースーして気持ちがいい。何とか吐き気は抑えられて、次の電車が来る頃には収まりそうだと思った。 - はぁ・・・せっかく気分よく帰ろうと思ったのになぁ・・・ 普段人慣れしていないせいか、こういう時、自分の生活がいかに普通と違っていたかを思い知らされる。多くの人が、毎日こういう状況で通勤通学しているんだ。 自分だけの登校時間を当たり前のように作っていたけど、なんだか・・・・ダメだな・・ 少しして、次の電車がやって来た。 僕が線の内側で待っていると、ゆっくり電車は止まりドアが開く。乗り込んで、ふっと顔を上げると、そこには桃里くんの顔が。 「あ・・・・」 思わず声が出てしまう。昨日の事で、僕らの間には、少し緊張した空気が流れた気がするが、それは僕一人がそう感じたのかも。 桃里くんは普通にニコリと微笑んでいたし、よく見たら隣に女の子がいた。 肩までの髪を両サイドだけ編み込みにして、白いコートを着た可愛い感じの娘だった。 「こんばんは。どうしたんですか?こんな所で」 桃里くんがいつも通りに話しかけてくるから、僕も普通にしようと思ったが、まだ気分がすぐれなくて、別に、と言ってしまった。 「なんだか顔色が良くないけど・・・具合でも悪い?」 「・・・・・・・・・」 答えたらいけない気がして、首だけううん、と振る。 稲田駅に到着するまで、僕は無言のままじっとしていて、駅のホームにゆっくり電車が滑り込むと、ドアが開いたから出ようとした。すると、僕のうしろで 「悪いけど、先に帰っといて。また電話する。ごめんね。」 連れの女の子にそう言う桃里くんの声がして、すぐに僕の腕を支えるようにすると、一緒に駅のホームに降り立った。 人波を避けるように僕の手をとって繋ぐと、そのまま歩いて行き、バスの乗り換え口には行かずにタクシーに乗り込んだ。 全く抵抗も言葉も発しないまま、僕は桃里くんに従っていて、気が付けば自分のマンションの下まで来ていた。 今さらながら桃里くんの行動力には驚かされる。 「部屋まで送りますよ、顔色真っ青ですから。」 「え・・・?」 僕の返事は聞かずに手を繋ぐと、どんどん部屋まで引っ張って行かれて、体力も気力も限界に達していた僕は、そのまま部屋のカギを開けるなり倒れ込んでしまった。 さっき、マンションの通路から見上げた夜空には、満天の星が輝いていて、その景色を目に焼き付けたまま、自分の意識が遠くなっていくのを感じた。

ともだちにシェアしよう!