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第87話

 バタバタと忙しい一日を過ごした僕は、今日友田さんがくれたカモミールのハーブティーを入れ、コタツに入って一息ついていた。 この香りが落ち着く。日本茶の香りが、澄んだ新緑のものだとしたら、ハーブティーはほのかな色合いのある香り。花によって色が変わるのも面白いし、それぞれ違う効能があるっていうのも友田さんから教えて貰った。 今日は、お母さんがハワイから帰って来るので、昨日のうちに掃除を仕上げてしまい、午前中はお正月の買い出しにも行って来た。勿論、友田さんに付き合ってもらって。 なんだか一人で買い物をするのは、心細い。それに、お母さんが帰って来るという事は、二人きりでここにいる時間が減るって事だ。寂しい、つまらない。少しの時間でも、友田さんといたいから、僕はまた甘えてしまった。お母さん、もう少しゆっくりしてくればいいのに………。 そんな事を思う僕は、親不孝なのかな? リビングの時計を見ると、もう9時を回っている。 - 遅いなー。メールでは7時半には着くって言っていたのに........。 僕は、もう一度自分の携帯を見て確認するが、特に新しいメールも来ていなくて......。 仕方なく、軽い食事ができる様にサンドイッチを作っておこうと冷蔵庫を開けたとき、 ピンポーンとチャイムの音がする。 - 変だな、お母さんは鍵を持っているからそのまま入ってくるのに。 そう思って玄関まで行くと、のぞき穴から外を見た。 「おかえりなさい。・・・・何やって、」 お母さんの姿を確認したから、ドアを開けて言うと 「ジャーン!!!」 突然お母さんが僕の肩を掴んで、くるりと横向きにさせた。 「え!?ちょ、っと!」 ドアの影から現れたのは、長髪の髪をひとつに束ね、上から下まで黒づくめの服を着た男性で、一瞬小金井さんが現れたのかと思って、僕は焦る。 でも違う人で、良く見るとハーフなのだろう、濃いブルーの瞳で、ハンサムな顔立ちの男性だった。 「こんにちは。」 男性が僕に微笑むとお辞儀をした。 「あ、こんばんは。」 僕は、夜なのでそう言ったんだけど、なぜかお母さんとその人はクスクス笑う。 「え?」 不思議そうな顔の僕に、お母さんが言った。 「この人は、アユのパパだよ!」 - - - - - - ぇ? 急に何を言い出すんだろう..............。 ふざけているのか、と思ったけど、その男性は僕の顔をじっと見ながら感慨深そうな表情をしていた。 「まあ、とにかく家に上がって話しましょう。」 お母さんはそう言って荷物を運び入れると、靴を脱いでリビングへと向かった。 もちろんその男性も後ろからついて行く。 僕は、気持ちをどこかへ置き去りにしてきたような気分だ。訳が分からなくて頭も回らない。二人の後を追ってリビングへと向かった。 僕以外の二人は、なんだかうれしそうに話をしていて、お母さんが部屋を一通り案内していたし、男性の荷物(?)らしきスーツケースも運びこまれていた。 僕は久しぶりの親子の対面に戸惑っていて、お母さんだけではない、(パパ)らしき人の事も納得いかない気持ちで座って見ていた。 「アユ、驚いた?」 あっけらかんと言われ、僕は眉間に皺を寄せる。 「あ、ゴメンね?!怒って当然よね。だって今の今までパパの話はしてなかったもの。」 お母さんが僕の側に近寄ると言うが、パパらしき人も、お母さんの隣で少しだけ姿勢を正すと 「ゴメン。ぼくが悪かったんだ。君のお母さんには辛い思いをさせてしまった。」 と、お母さんの肩に手を置いて言う。 僕は、正直腹が立った。突然、今までなんの情報も得られないまま、僕の父親は初めからいないものとして育てられ、遠く離れた外国で暮らす祖父母とお母さんだけが唯一の肉親だと思っていた。 誰も僕には何も言ってくれなかったし、僕は父親の事を口に出してはいけないと思っていたんだ。それなのに..............。 「ぼくの名前は広瀬 ユウジ。国籍は日本だけど、ハワイに住んでいるんだ。」 「日本人?・・・うそ!」 思わず言ってしまった。 僕と同じように青い目をした日本人だ。僕より濃いブルーの瞳は、そんなに目立ちはしないけど・・・・・ 「ちゃんと、アユには話しておかないといけないって思ったの。私たちの事と、これからの事を・・・」 あまりにも、お母さんの口調が落ち着いていて、なんだか胃の辺りがぞわぞわした僕は、自分の指をギュっと握っていた。

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