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第88話
長い沈黙が部屋の空気を重くする。
僕が二人をじっと見据えたまま動かないからだ。
「アユ、そんな怖い顔して見ないでよ。今までパパとは離婚したって言ってたけど、実は結婚もしていなかったの。」
「ぇえっ??!」
そっちの方が僕にとっては衝撃的な話で........。
じゃあ、僕は私生児って事?
「ゴメン、これには訳があるの。」
お母さんの言葉は耳に入ってくるけど、僕の気持ちとしては、拒否したい気分。
だって、根底から僕の生い立ちは間違っていたんだよ?それをどう受け止めたらいいの?
「ぼくが話すよ。よく聞いて?!」
(パパ)らしき人が、お母さんの肩に手をやって話しかける。
その手すら、僕にとっては忌々しいもので.....。
「聞くだけは........。」と、小さな声でボソッと言った。
「君のお母さんが19歳の頃、ぼくはまだ高校1年生だった。」
「え!!」思わず声が出た。
「彼女は高校生の時からティーン雑誌のモデルをしていて、ぼくが勝手に好きになったんだけど、ある日カメラマンの叔父さんの伝手で会う事が出来て・・・」
- あ、・・・その先は、なんとなく分かった。
お母さんは、自分を好きな人を好きになっちゃうんだ。今までにも、そう言って付き合った人は多いから。そのくせ、すぐに冷めてしまう。
「君がお腹にいるのが分かって、ぼくは正直困った。だって、高校生で、何の生活力もなかったからね。ただ、彼女の事は好きだし愛していたから、いずれ結婚したいって思っていたんだ。」
- 高校1年生っていったら、今の友田さんと同じ歳!?
僕らはどう見ても子供だよね。それが、親に・・・・って・・・・
「ぼくは、君を産まない様に彼女に頼んだ。・・・ヒドイ男だよね?!」
ガクリと肩を落として言うが、その隣でお母さんがそっと手を握っていた。
「私は、どうしてもアユを産みたくて、両親にお願いしたの。絶対迷惑かけないからって。ユウジにも認知はしなくていいって言ったの。出産前後はお腹が目立つから仕事はしなかったけど、アユを産んで半年でまた雑誌の仕事を始めた。アユが幼稚園に入る頃、ユウジはしばらく一緒に暮らしたことがあるんだけど・・・覚えていないわね?」
そう言われて、遠い記憶をさかのぼる。
男の人の膝に乗せられて、頭を撫でる手が暖かくて気持ちが良かった。暫くその感触は残っていた様に思う。顔は思い出せなかったけど、お父さんがいたような気がしたのは、そのせいか。
僕は自分の中で、両親が離婚したのがその頃だと思っていた。
「父の仕事の関係で、ハワイに住むことが決まって、しばらくの間、ぼくは君たちと過ごした。今でもすごく楽しい思い出になっている。」
お母さんの手を握り締めながら、そんな事を口にするから、
「思い出?・・・・・そんなの・・・・」
やっと口を開いた僕の言葉は、さらに空気を重くしただろう。でも、自分の耳で確かめたい事があった。
今になって、なんて呼べばいいのかも分からない人が、僕とお母さんの暮らす家に上がり込んできた。その、(パパ)らしき人の言葉をどう理解しろっていうんだ?
「............僕は、生まれてこない方が良かったんですか?」
これは、僕がお母さんに対して、今までで一番聞きたくても聞けなかった言葉。
でも、僕の心をずっと支配していた言葉だった。
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