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第89話

 部屋の中は、空気が凍り付いて、外の寒さがそのまま伝わってくるようだった。 「・・・・・ア、ユ・・・・・」 消え入るような声で、僕の名を呼ぶお母さんは、そこから動けないでいる。足は微かに震えているんだろう、スリッパの擦れる音がしていた。 「なんて事を・・・そんな風に思うわけが無い。君はお母さんが守りたかった唯一の存在だ。ぼくが偉そうに言えた義理じゃないけど・・・」 パパらしき人が僕に言った言葉は、胸に突き刺さる。僕だって、お母さんがどれ程僕の事を守ってくれたか知っていた。それでも、聞かずにはいられなかった。 何の話もなく、突然僕の父親だと言う人を連れてきて、僕の生い立ちを語って、僕の存在が無かったら、二人はいつの日か普通の夫婦として暮らせていたんだ。 僕は、それが分かっただけ。僕のせいで二人は離れたんじゃないの? お母さんを悲しませたい訳じゃない。ただ、自分が生を受けた事で、二人の人生が変わってしまったのが悲しかった。・・・僕なんて生まれなきゃ良かったんだ・・・・! 「...........ごめんなさい。僕、今はひどい事ばかり言ってしまいそう。もう、部屋に行っていい?」お母さんの方を向いて言ったが、顔は見なかった。震える足元だけ見ながら聞くと、 「うん。いいわ...........そうね、急にいろんな事言われて、アユだって混乱しているのよ。ごめんなさいね、またゆっくり話しましょう...........。」と言った。 「おやすみなさい...............。」 そういうと、僕は自分の部屋に行って頭から布団をかぶる。 何も、頭には浮かんでこなくて、どんよりとした気持ちだけが、僕の心を支配する。 帰国してはしゃいでいたお母さんの声も、パパだと言う人の声も聞こえてはこなかった。 布団の中でじっと膝を抱えて寝転ぶと、少しだけ友田さんの香りがする。 ここで二人抱き合って、幸せを感じていたのはつい昨日の事。それが、今は............。 お母さんが言うように、僕は混乱している。きっと、ものすごく酷い言葉を発してしまったと思う。.............................僕はどうしたらいいんだ...................。

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