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第100話
夜になると、冷たい水のせいで、花を触っていた指先の感覚が麻痺してきた。
初めての経験だったけど、見た目の華やかさだけでこなせる仕事ではない事を知る。
お母さんの手は、よく見ると節くれだって傷だらけだ。
水の入ったバケツを運んだり、バラのトゲを取ったりしているから........。
花に囲まれていいな、なんて思っていた自分が恥ずかしい。綺麗な状態を保つために、どれだけの努力をしているのかが分かると、枯らしてしまうのがもったいない。
少しでも長く保てるように、僕らもちゃんと花瓶の水を取り替えたりしなくちゃ。
小さくなっても、別の小瓶に生け変えたりしたいな・・・・。
友田さんが僕に教えてくれた事は、今になってすごく役立っている。
あの時は、ただ聞いているだけだったけど、ここで経験した事が僕自身の宝になった。
花を買いに来てくれたお客さんの笑顔もたくさん見れたし.........。
「僕、明日家へ帰ります。」
店じまいをするお母さんに向かって言った。
「そうね、明日は大晦日だし、ちゃんと親子で年越ししなくちゃね!」
そういうと、ニッコリと微笑みをくれる。
初めはちょっとだけ怖い人かと思ったけど、厳しい言葉の奥には愛情があるから救われる。
「でも・・・謙が寂しがるかな~!?ふふふ・・・」
笑いながらお母さんは、階段を上がって行った。
その後ろで僕は、ジン、ときてしまう。一緒に過ごせた時間が妙に懐かしくなった。
これでお別れではないのに・・・・・。
その晩は友田さんが遅くて、僕は風呂も済ませてベッドの上に寝転んで本を読んでいた。
「ただいまー!」ドアを開けて、友田さんが言った。
「おかえりー!」友田さんの顔を見て僕が答える。
不思議だけど、すっかり僕らの間には隔たりがなくなっていた。
この空間を共有するのが、当たり前のように感じている。そして、それがずっと続くかの様に自然と微笑みも零れる。
「明日、帰るってな!?俺、送って行くからさ。」
そういうとジャケットを椅子に掛け、ベッドの上に身体を投げ出した。
大きくバウンドすると、僕の身体まで揺れる。
「ありがとうございました。」とお礼を言うと、
「俺の方が、”ありがとう” だよ・・・。家出はビックリしたけど、一緒に生活できて良かった。母親も楽しかったってさ!またおいでよ。な?」
「うん、今度はちゃんと先に許可を取ってくるよ。」
「はは、そうだな・・・」友田さんが、言いながら僕の頭を引き寄せる。
チラっと視線が合うと、僕らは口づけをした。
でも、ほんの少しだけ。
これ以上長くしたら、離れるのが辛くなっちゃうから・・・。
ホントは、いつでも会える距離なのに、こういうシチュエーションって涙を誘ってくれるよね。少しだけ、鼻をすすると、また目が合って笑顔を送った。
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