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第112話
僕が、今の状態にあるのが不思議なくらいで、本来の自分はもっと沈んでいたと思う。
暗い湿地帯の様な場所で、日の光を眩しいと感じ、手を伸ばす事もなかった。
そんな僕は、友田さんを知り、浩二さんや茶髪の人や、小金井さん、その周りの人たちと関わるたびに、何かを与えてもらってきた。
ほんの15年ほどの人生を歩んできて、ここが僕のすべてではないと思うけど、ここから何かが始まるような気はする。
前を向いて歩いて行こうと思った時から、少しづつ変化は感じている。自分の力が及ばない事もあるけれど、僕は一人で生きているわけじゃない。
多くの人に助けられて、感化されて生きているんだ。これからも・・・・・・。
「大学は・・・・・どうするか分からない。」
僕は、浩二さんの質問に答えるように言ったが、自分自身への問いかけでもあった。
高校に進級しても、今までと変われるのかが分からない。
何のために勉強しているんだろう・・・・。
「うちの高校へ来たらいいじゃん。そしたらオレたちアユムくんの親衛隊になるのに!」
「・・・え?」
突然の浩二さんの言葉に、僕は驚く。
「ば~か!アユムは勉強できるんだ。そんなのもったいないよ。」
友田さんが、向かいに座る浩二さんをたしなめる様に言う。
でも、浩二さんの放った言葉は、僕の胸に刺さった。
「いいな、ソレ!この間の変な奴らみたいなのが上級生だぜ?!心配だよなあ~。」
と、今度は茶髪の人が言った。
「まぁ、それは...............。」言葉を濁す友田さん。
「アユムくんが1年で入ったらオレたち2年生だろ?そしたらあと2年は同じとこ通えるわけだしさ。その間にきっちり悪い虫がつかない様に見張ってやるし。」
浩二さんは、本気で言っているみたいだ。
僕の中には、今まで別の学校へ行くなんて発想がなかった。
このままの状況で、馴染めなかったクラスメイト達と進級するのが不安だっただけ。
浩二さんの言葉は、初めて光の筋が差し込んだように、僕の心を照らしてくれる。
「アユム・・・・よく考えろよ?今ここで盛り上がってても、アユムの為になるかどうかは分からないからな。」
友田さんは、僕の肩に手を置くと言った。
僕が、知らず知らずに身を乗り出していたんだろう。
「うん、ちゃんと真剣に考えてみる。大丈夫だよ。」
そういうとその手を取って微笑む。友田さんのこういう所が好き。
ちゃんと僕を見ていてくれる。
「じゃあ、そう言う事で、オレたちは帰ろうか?」
「おう、そうだな。」
浩二さんたちが立ち上がると、僕らに言った。
「じゃあ、僕たちも。」「ああ。」
二人で立ち上ろうとすると、
「あ、もう少しゆっくりして行きなよ。あと30分延長していいからさ。ここは、オレとコイツで払っとくし!」
浩二さんが僕の肩を押すと言った。
「や、でも悪い。ワリカンで・・」友田さんが言うと
「いいって、無理やり誘ったのはこっちだし。・・・・それに、ここなら二人きりになれるしな!」
「・・・・・・・あ。」
そこで、僕と友田さんは顔を見合わせてしまう。
浩二さんが、何を考えたか分かってしまったから・・・・・・
「じゃあな。30分、だから!」
茶髪の人が念を押す様に言うと、二人はドアから出て行く。
「・・・・・・・・・」
残された友田さんと僕。
なんとなく恥ずかしくて、目が合うと笑ってしまう。
「変な奴ら、だろ?」
「・・・うん、でもいい人だね!顔に似合わず。」
と言った僕に、友田さんが思い切り笑顔になると、ははは、と声を出して笑った。
は、は、・・・・ぁ
突然、笑いが途切れた僕の腕を取ると、友田さんが自分の方へと引き寄せる。
僕はドアの方に目をやったが、誰も通らないし、中は見えない様だった。
「アユム、キスしてもいい?」と聞かれ「うん。」と答える。
僕らはドアの横の影に身を置くと、互いに見つめ合ったまま唇を重ねた。
今年最初のキスが、カラオケボックスになるなんて、思ってもみなかったけど、二人が一緒に居られるなら場所は何処だっていいんだ。
そう思いながら、僕はそっと目を閉じる。
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