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第118話

 お父さんが来てから1週間が経ち、今日はハワイへ帰ると言う日。 朝からソワソワしている僕に、 「今度はアユムが会いに来てくれると嬉しいな。」と、お父さんが言った。 「うん、いつかお金溜めて行くよ。その時は、僕の弟妹にも会いたいな。」 「もちろん、きっと喜ぶ。・・・待っているからね。」 「・・・うん。」 短い会話の中に、ありったけの愛情を込める。形にして見える訳じゃないけど、互いの幸せを願って放つ言葉には、きっと力が宿るはず。お父さんが、無事にハワイの家族のもとへ帰れるように、途中で事故なんかに会いませんように。 僕は、心の中でそう願った。 僕たちの会話する姿をそっと離れたところで見ているお母さんは、とても優しい顔をしていた。二人の間には入り込まず、僕とお父さんの二人の時間をくれているみたい。 そんな、粋な計らいのできるお母さんを僕は尊敬している。ステキな女性だと思った。 「そうだ、アユムの大事なカレも、一緒に来るといいよ。」 「・・・え??カレ・・・って。」 突然お父さんが言うからビックリした。 ”カレ”という表現が、友達の意味のカレなのか、付き合っているカレの意味なのか、どちらにもとれるから...........。 「あの、友田さんの事?」と聞くと、うん、と言って微笑む。 「・・・ありがとう。いつか行けるといいんだけど・・・。」 僕がそう言って俯くと、お父さんの大きな手が僕の頭に乗っかった。 小さな子供にするように、ゆっくりと撫でてくれる。 - あれ、・・・なんか、・・・なみだが・・・・・・ 離れていた時間を埋めるように、とめどなく溢れる涙。 我慢していた訳じゃないのに、胸の奥から湧き出た感情は、僕の頬を伝い表に顔を出す。 そっと、僕の背中に腕を回すと、お父さんの胸に引き寄せられた。 初めて感じる、父親のたくましい胸だった。ドクン、ドクンと聞こえる鼓動は僕のものと共鳴する。 「会えてよかった。僕に会いに来てくれてありがとう。お父さん。」 胸に顔を埋めて言ったから、ちゃんと聞こえていたのか分からないけど、僕の言葉にお父さんが、うん、うん、と何度も頷いてくれた。 やがて別れの時間がやってくると、来た時の姿でお父さんは帰って行く。 僕とお母さんは、玄関でたたずんで、出勤する父親を見送るかのように、玄関のドアを開けてそっと手を振っていた。 エレベーターの前で、もう一度こちらを振り返ると、手を振ったお父さんが開いたドアから乗り込んだようで、姿が消えたその場所には、静寂な空気だけが残されていた。 ほんのわずかな時間は、ありふれた日常の風景の中に、僕たち家族の一ページが刻まれた時間でもあった。

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