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第12話

(レオン……っ) 目を閉じたブラッドが心の中で呼んだのは、竜の卵売りの青年だった。 死を覚悟したブラッドの耳に、甲高い、竜の叫び声が聞こえた。それは、ブラッドを押さえ込んでいた3人も同じだった。 「坊やっ! 動くなよっ!!」 声とともに、割れた天窓から音を立てて何かが降ってきてパオルの右側に突き刺さった。それは一度では終わらず、次々と残っていた天窓の枠を粉砕しながら降り注いだ。 3人を囲むように刺さった物は長槍だった。 「な、何が……」 一物を出した格好のまま、パオルは抱えていたブラッドの足を離し、自分たちの周囲に刺さった槍を呆然と見渡した。 槍は、ブラッドの髪の毛一本も損なうことなく、3人のみ際どい所に刺さっていた。その為、3人は逃げ出すどころか、腕を動かすことすら出来なかった。 飛来した竜には、羽を広げた竜と槍の意匠の胸当てがあった。この国の者ならば誰もが知ってる重槍騎兵、ブリッツ騎士団だ。性質は勇猛で苛烈、常に戦いの先陣を切り、困難な退却時は殿を勤める。 「いい大人が、年端もいかないような子供を襲うのはどうかと思うよ?」 竜から飛び降りたのは、淡い金髪を短く刈り上げた長身の青年だった。黒鉄の籠手と脛当、竜と揃いの意匠の紋章が胸当てにあった。 3人を囲んでいる槍を抜き、ブラッドの上で固まっていたパオロに先端を突きつけた。 「お前たちは、夜盗か何かか?」 パオルは慌てて首を横に振った。 「ち、ちが、違うっ。俺たちは、生意気なこいつに罰を与えてたんだっ」 青年が目を細め、3人とブラッドを見比べた。 「罰? 子供を犯すのが、この城では罰になるのか。何度か来てるけど、初めて聞いたなぁ」 口調はのんびりだが、槍を握る手に力が込められた。 「力の弱い、女子供を守るのがうちの騎士団の方針なんだよね。目の前で子供が襲われてるのに素通りなんてしたらさ、団長に鉄拳制裁されちゃうからね、見過ごせないんだよね」 「鉄拳制裁の前に、私に斬り刻まれるよ」 声とともに竜舎に入って来たのは、フェリックスとミュラーだった。 「兄上、こいつら斬っちゃっていいかなぁ」 パイを切り分ける時のような口調だった。 「彼らは、一応、この城の竜の調教師たちなんだ。勝手に処断したら団長殿に迷惑がかかるんじゃないかな。ただ、こんな大騒ぎになっちゃったからね、城代には報告させて貰うよ」 「大騒ぎ?」 青年が自ら降らせた槍を引き抜きながら訊ねた。 フェリックスが答えようと口を開いた時、彼付きの護衛騎士が数人、竜舎に入ってきた。フェリックスは彼らに3人を拘束するよう指示をし、自分は口に布を含まれたまま固まっているブラッドを抱き寄せた。 「怖かったね。ああ、殴られたんだね、血が出ている」 口から布を取り除いて貰ったが、ブラッドは声を発する事が出来なかった。何かを探すように視線が動いていた。 フェリックスは、すぐにその意味を悟った。 「レオンを探しているのかい?」 はっとして、ブラッドは顔を伏せた。 「大丈夫。もうすぐ来るよ。彼には大事な仕事をして貰ったんだ。……もしかして、一目惚れしたのかな?」 ブラッドが顔を上げた。 「私たちが、どうして気がついたと思う?」 頭を横に振って、フェリックスを見た。 「アンブルが私の屋敷まで来たんだよ。それと、他の竜たちが騒ぎ始めてね、調教師の言うことを聞かなくてね。きっと、ブラッドに何かあったんだと思ったんだ」 破れたブラッドの服を肩にかけて、フェリックスは鼻血の跡を形の良い指で拭った。 「アンブルに乗って来たら、この竜舎を大勢の竜たちが囲んでて、びっくりしたよ」 ブラッドは、今度は驚きで声が出なかった。 「今にも竜舎を破壊しかねないくらい殺気立っててね……どうしようかと悩んでいたら、レオンが自分が竜を抑えているからブラッドを頼むって」 「抑えるって、どうやって? 兄上、 興奮した竜に竜笛は効きませんよ?」 槍を回収し終えた青年が訊いた。 「秘密、だそうだよ。職業柄知っている、とでも思ってくれだって」 「職業柄?」 「彼は、竜の卵売りなんだよ。竜の巣に、何の手立てもなく行く訳ないだろう、とね」 「胡散臭いなぁ」 青年が眉を寄せて言った。 そこへ、話題の竜の卵売りが駆け込んで来た。真っ直ぐ、ブラッドに駆け寄って膝をついた。 ブラッドは、フェリックスの腕の中からレオンに飛び込んだ。レオンは、自分の上着を脱いでブラッドを覆い、そのまま、抱き寄せた。

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