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第13話
卵を抱くグリューンの前に藁を敷き、レオンは横になった。天窓から降り注ぐ月明かりを鱗で弾いて、グリューンが宝物を守るように躰を丸くしている。卵に向けた愛情が竜舎に満ちていた。
竜舎の中にはグリューンを含めて七頭いた。その竜舎がこの城には五棟あり、予備は三棟あった。国内で最大の頭数を所有しており、北と東は国境に接しているため、竜騎士団の宿舎も多い。東側の国とは友好な関係を保っているが、北側とは国境線を巡っての争いが絶えないでいた。この城は、北との紛争の最前線でもあった。
ふと、卵を抱いていたグリューンがレオンに顔を向けた。慈愛に満ちた、翡翠色の瞳が何か言いたげなことに気づいた。
身を起こし、レオンはグリューンに向き直った。
竜の調教師ですら知らないが、竜は独特の発声で常に人間に語りかけている。その声は、人間の耳では聞き取りにくいため、竜の言葉を理解出来ないだけなのだ。
だが、レオンにとって竜の言葉を聞き取ることは難しいことではなかった。
≪公子≫
グリューンがかけた言葉は、自分が最も言って欲しくない敬称であった。
それが顔に出ていたのか、グリューンの目が細められた。駄々をこねる幼子か、手のかかる弟を見るような暖かな眼差しだった。
≪卵、感謝いたします≫
城にいる限り、グリューンに限らず、雌の竜は卵を孕むことは難しい。ほぼ、無いといっていいだろう。
卵を抱き、母性という愛情を注ぐことが出来るのは、雌の竜にとって最上の喜びだ。
≪公子、宝物、わたくしたち、行方、知っております≫
「何だってっ!?」
声を上げて、レオンはグリューンの柵を掴んだ。
「どういうことだ、グリューン!」
狼狽し、声を荒げたレオンをグリューンは静かに見つめた。レオンは我に返り、他の竜たちを見回した。
騎士とともに戦場を駆ける竜にとって、人の大声など、小鳥の囀ずり程度だ。しかし、眠りについている竜の側で声を荒げるなど、竜舎でしてはならないことの筆頭だった。
「すまない……」
謝まるレオンに、グリューンは深く頭を垂れた。
≪公子は、ご存知、筈≫
「グリューン……」
≪わたくしたちの愛し子、離れるのは、辛い≫
気がつくと、他の竜たちがレオンを見ていた。敵意は無い。ただ、静かに見つめていた。
自分が探し求めている宝物……。
それが、今、どのような形になっているのか常に想像しながら探していた。竜とともにある、と言う言葉のみを便りに、17年前に行方不明になった卵を……。
産まれたばかりで、まだ、温かかった。孵化するどころか、親の温もりさえ与えられぬまま行方知れずになってしまった。
その卵を探しながら、卵を売り歩くという矛盾を抱えながら……。
唐突に竜たちが頭を上げて、一斉に同じ方向を見た。レオンもだ。
滅多に上げない、竜の悲鳴に似た声が頭に響いたような気がした。
柵の中で竜たちが翼を広げ、飛び立つ施政になった。
「待てっ。俺が見てくるから、お前たちは大人しくしていてくれ」
≪わたくしたちの愛し子の危機≫
グリューンが立ち上がった。
愛し子が誰を指すか、レオンには直ぐに理解した。
「グリューンは卵を守っていてくれ」
仕様頻度は低いが、護身用に持ち歩いている剣を掴み、レオンは竜舎を飛び出した。他の竜舎からも騒然とした気配がした。今にも、全竜舎から竜が飛び出しそうな、殺気に近い空気だった。
「レオンどのっ」
頭上からレオンを呼ぶ声がした。
アンブルに乗ったフェリックスだった。琥珀色の竜の目が険しい。
アンブルがレオンの前に降り立つと同時に、フェリックスがその背から飛び下りた。鞍が着いてない。それだけ、切迫していたのか。
「レオンどの。何か異変がなかったかな。アンブルがわたしを館まで呼びに来たのだ」
口調は昼間と同じゆったりしていたが、表情は硬い。
レオンは首を横に振り、
「俺は、竜たちが騒ぎ始めたから外に出たところだ」
「竜が騒ぐということは、あの子に何かあったのかもしれない」
秀麗な眉を寄せ、フェリックスがレオンを見つめた。
あの子を誰を指すか、レオンには分かっていた。
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