14 / 156
第14話
二人は、夜空にいくつかの竜の影があることに気づいた。昼間、グリューンが屋根を破壊した竜舎の上で旋回している。
まさか、と二人は目を見合わせた。
鋭く哭いたアンブルの視線の先に、丸い月を背に急降下してくる竜の黒い影があった。所々月明かりを反射しているのは竜に装着した鞍の金具か。
「あれは、ブリッツ騎士団の竜だ」
フェリックスが目を細めて断言した。
「両脇に槍を装備している。重装騎士団でもあるブリッツ騎士団特有のものだ」
急降下してきたブリッツ騎士団の竜は、昼間にグリューンが屋根を破壊した竜舎の上で停止飛行した。騎乗している竜騎士が槍を数本まとめて掴んだかと思うと、次々と竜舎めがけて投下し始めた。
この頃には騒ぎに気がついたミュラーを始めとした調教師らが宿舎から血相を変えて出て来ていた。
そこへ、次々と竜舎から竜が飛び出して来た。竜たちは夜空高く飛び、攻撃に移る一歩手前の体勢となった。
驚いた調教師らが竜笛を吹いて落ち着かせようとしたが、逆効果だった。笛の音に、竜たちは益々興奮し始めた。
ミュラーらが竜の名前を呼んだが、彼らには聴こえていないようだった。
「向こうを頼む。竜はおれが何とかする」
「方法があるのかい?」
「秘密だ。おれだけの方法だから、人には教えられないな。だから、行ってくれると助かる」
「なるほどね」
フェリックスは頷いた。
「ここは任せよう。では、頼むよ」
レオンが頷き返した。
「侯爵さまっ」
フェリックスとアンブルに気がついたミュラーらが駆けて来た。
「一体、何が……」
「どうやら、不埒な者がいるらしい。今、攻撃を受けている竜舎だ。彼に穴だらけにされる前に行かねばね」
穏やかな口調ながらも腰に帯いた剣を抜き、駆け出した。ミュラーもそれを追う。
(彼もなかなか秘密の多いご仁のようだねぇ……。興奮した竜を……それも一頭や二頭じゃない数の竜をどうやって落ち着かせるのか興味あるけど、今はこちらを優先させないとね)
フェリックスは竜舎の扉を蹴破る勢いで開けた。
本来の竜の性質は保護欲の塊であり、好戦的でもある。しかし、孵化した瞬間から人の手で育てられた彼らは、敵意を人に向けることは稀だ。騎士を乗せて戦場へ赴くが、自ら人を攻撃したりはしない。絆を結んだ、おのが背に乗せることを赦した騎士の危機のみ人に牙を剥く。
「落ち着いてくれよ……」
レオンは、胸の前で手を組んできつく目を閉じた。すると、黒曜石を溶かした黒髪を束ねていた紐がちぎれ、風に吹かれたように髪が舞い上がってなびいた。
閉じていた目を開けると、蒼穹の瞳の瞳孔が細くなって金色に輝いていた。
≪皆、鎮まれっ!≫
発せられたのは竜にしか聴こえない声だった。広い、竜舎の連なる棟々に響き渡る筈のない声は、竜たちの耳に直接届いた。
≪お前たちの愛し子は、俺が保護する≫
レオンは、あまり公にしたくない家名を告げ、竜たちの怒りを抑え込んだ。
それでも、空にいる竜たちは竜舎に戻ることを拒んだ。数いる竜たちの中でも、特に保護欲が強い個体らしい。悲痛な叫びがレオンの耳に届く。
≪痛がってる≫
≪怖がってる≫
≪かわいそう≫
≪鎮まってくれ。愛し子は、おれが必ず保護する≫
その時、細い、笛に似た哭き声が響いた。
「グリューンか?」
その哭き声に呼応するように、停止飛行していた竜たちも細く声を上げた。グリューンと会話を交わしているようだ。
最後に短く哭き、竜たちは怒気を収め、レオンに視線を集中させた。
≪お願い≫
≪助けて≫
レオンが大きく頷くと、竜たちは各々の竜舎へ戻って行った。
大きく溜め息をつき、レオンが再び閉じた目を開けると、瞳は元に戻っていた。千切れて短くなった紐で髪を何とか束ね、レオンは件の竜舎に向かって駆け出した。
レオンが竜舎に入った時には、すべてが終わっていたようだった。
男3人がミュラーたち調教師らに拘束され、一人の騎士が床に刺さった槍を抜いていた。石畳の床に刺さっているとは、いくら屋根の上から投げ落としたとは言え、強靭な肩と膂力だ。
しかし、感心は、フェリックスに抱えられたブラッドを見た瞬間に吹き飛んだ。
服を引き裂かれ、声もなく震えていたブラッドはレオンに気づくと、真っ直ぐ飛び込んで来た。レオンは、その小柄な躰を力強く抱き締めた。
ともだちにシェアしよう!