15 / 156

第15話

力強く抱き締められ、ブラッドは躰から強張りが溶けていくのを自覚した。それと同時に恐怖を思い出し、手足がガクガクと震えだした。 レオンは、震えている背中を擦り、 「もう、大丈夫だ」 耳許で何度も大丈夫を繰り返した。 レオンの掌の温かみを感じると、震えも徐々に落ち着いていった。 「いやぁ、眼の毒眼の毒」 陽気な声とともに、ブラッドの躰に布が被せられた。顔を上げると、ブラッドを助けた竜騎士が笑いかけていた。布は、彼の外套だった。 「こんな子供を襲うなんて見境無い奴らだなと思ったけど、白い脚が色っぽいもんなぁ。眼の毒じゃなくて、眼福眼福」 ニヤリ、と笑った青年の頭にフェリックスが拳を落とした。 「ってぇ!」 「弟が失礼をしたね」 レオンが外套でブラッドの躰をくるんで二人を交互に見た。 「国境の砦にいるせいか柄が悪くなってしまってね…。これでも小さい頃は、私の後ばかり着いてきた可愛い仔犬のようだったんだよ。それが、私の背を越したとたん、こんなにゴツくなって……」 「剣の技倆も兄上を越しました」 「慢心しているようだから叩き潰してくれるよう、団長殿にお願いしておこうね」 フェリックスは華やかな笑みを浮かべた。近しい者にしか分からない、怒っている時にしか浮かべない笑い方だ。 青年は咳払いをして表情を引き締めた。 「ブリッツ竜騎士団所属のジークムントであります」 踵をつけ、胸に手を当てて竜騎士団の敬礼をして、 「以後、お見知りおきを願います」 フェリックスの弟ということは侯爵家の人間だ。それなのに、高位の貴族らしからぬ気さくな雰囲気の青年だった。 レオンも面を食らったようで、咄嗟に返答が出来なかったようだ。ブラッドは、貴族に対して礼を失していることは分かっていたが、レオンにしがみついたままジークムントに頭を下げた。 「それにしても、本当に可愛いなぁ。俺の小姓にならないか?」 再び、フェリックスがジークムントの頭に拳を叩きつけた。 「痛いです兄上」 「剣の柄でないだけ感謝しなさい」 「もしかして、兄上のお手付きなんですか?」 三度、拳がジークムントの頭に叩きつけられた。 「いい加減にするように。それから、ブラッドは、お前と同じ年です」 ジークムントは口をパクパクさせて、兄とブラッドを高速で交互に見た。レオンすら目を大きく見開いてブラッドとジークムントを見た。 「う、嘘だろーっ!?」 「お前が大きく育ち過ぎなのです」 フェリックスが冷たく答えた。 「レオン殿、この場は私たちに任せて、ブラッドを休ませてあげて下さい」 落ち着いたように見えるが、顔色は月明かりでも分かるほど白かった。 レオンは頷いて外套ごとブラッドを抱き上げた。 「ブラッドに服を……」 「後で飲み物と一緒に届けましょう」 「では…。ジークムント殿、外套をお借りします」 「気を使わなくていいよー」 レオンの胸に埋めていたブラッドの顔を覗き込んで、ジークムントは笑いかけた。兄のフェリックスが月を思わせる秀麗な顔立ちに対して、ジークムントは陽だまりを思わせる雰囲気を纏っていた。そして、騎士として一人立ちしている精悍さがあった。 竜舎を出る二人を見送り、ジークムントは改めて捕縛したパオルらに向き直った。表情には、ブラッドに見せた人懐こい笑顔とは反対の、怒りと不機嫌さがあった。 それは、フェリックスも同じだった。

ともだちにシェアしよう!