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第16話

レオンに抱かれて運ばれているうちに、ブラッドはいつの間にか眠りに落ちていた。 深い眠りの中で、ブラッドは漆黒の闇の中にいた。重く、のし掛かられているような息苦しさに、少しでも明るい所へ逃れようともがくが、手足が思うように動かせない。 粘土質の泥の中に埋もれているのか、闇に絡め取られているのか。 この夢には覚えがあった。 あまり意識はしていないが、傷ついたり、心が疲弊したりすると見る夢だった。それは、物心ついた頃には見ていたような気がする。 そして、一番暗いところからそれは聴こえてきた。水の中で叫んでいるような、明確な言葉ではないが、その声には明らかに悪意があった。 何故、ここにいるのか。 何故、生まれてきたのか。 何故、生きているのか。 誰かに言われた訳ではない。 神官や慈善に訪れる貴人にも言わたことはない。皆、愛情深く、慈しんでくれた。 それなのに、万年雪のように躰だけでなく心まで冷やそうとする闇が、常にブラッドに纏りついてくる。生きていることを否定するのだ。 胸苦しさを覚え、息を吸おうと口を開くと、そこから闇が躰に入ろうとする。閉じると躰を締め付けてくる。 ブラッドは躰を丸めて、いつものように夢から覚めるのをじっと待つことにした。膝を抱え、そこに頭をつけて、胎児のように丸くなって……。 どのくらい時間が経ったのか、ふと見上げると闇の向こうに針の先程の小さな光が差していた。目を凝らして見つめた。光は大きくはならなかったが、そこから歌が聴こえてきた。 冷えた心の奥に、小さな蝋燭の火が灯った。 小さな、小さな火なのに、躰全体を暖めようとしてくれている。 歌は、蝋燭の火よりも小さな光の粒となり、淡雪のようにブラッドに降り続いた。 優しい、優しい歌。 水底から水面に浮くように目が覚めた。 目の前に、目を閉じたレオンの顔があった。思わず声を上げそうになったが、規則正しく上下する胸に、レオンが眠っていることに気づいて開いた口を慌てて閉じた。そして、自分がレオンの腕の中で眠っていたことにも……。 頬が熱くなった。 身動ぐと、耳元で乾いた音がした。 どうやら、藁の上に布を敷いただけの簡素な寝台にいるらしい。ふと、見上げると天窓の向こうに、朝焼けの空が見えた。 (水汲みをしないとっ) 慌てて起き上がろうとして、ブラッドは顔の中央に走った鈍痛に呻いた。 「ブラッド?」 同じく目が覚めたレオンが両手で顔を押さえていたブラッドに気づいた。 「痛むのか?」 抱き起こされ、ブラッドはレオンに顔を覆っていた手を外された。 「あいつに…顔を殴られたろう?」 あいつと言うのがパオルの事だと気がつくのに、少し間があった。鼻のつけ根辺りが重く痛む。 「痣になってる。鼻血は止まっているが、息は苦しくないか?」 大丈夫、と頷く。 「可哀想にな、痛いだろう」 癖っ毛の赤毛を優しく指で鋤かれ、ブラッドの顔は真っ赤になった。レオンには朝焼けで顔が赤くなっていると思ってほしい。 「あ、あの、ぼく、水汲みしないとっ」 「それなら、今朝は仕事はいいから、躰を休ませるようにって、ミュラーが言ってたぞ」 「えっ、でも…」 「昨夜、頭も打っているだろう。後頭部にコブがあったぞ。吐いたりしていないから大事はないと思うが、今日は安静にしていた方がいい」 レオンの手が後頭部に触れると、鈍い痛みを感じた。 水汲みや竜舎の掃除は免除されたが、他の仕事がある。犬舎の掃除と餌やり、厨房の手伝いなど。 「やっぱり、ぼく、行きます」 レオンの手が名残惜しかったが、ブラッドは振り払うように立ち上がった。とたん、目の前が真っ暗になり、全身の血液が音を立てて頭から引いていき、床に引っ張られるように座り込んだ。手足の先が冷えていく。 「無理をするな」 鉛のように重くなった躰をレオンが軽々と抱き上げて藁の寝台に戻した。 「キュイッ」 竜の声がした。 柵の中の寝床にグリューンがいた。丸くした躰の中央に薄い紅色の卵があった。 ブラッドを見つめるグリューンの瞳には気遣いが感じられた。無茶をする子供を心配するような、それを嗜めるような……。

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