17 / 155
第17話
視線を感じて顔を上げると、他の竜もブラッドを見つめていた。首を縦に長くしたり、柵から頭を出したりと様々だが、気にかけてくれているのが伝わった。
「キュー……」
グリューンが短く哭いて、ブラッドに首を伸ばした。ブラッドはグリューンの鼻に触れた。少し湿っていたが、滑らかな心地よい感触だった。
「ぼく、みんなに心配かけたんだ…」
「お前が悪い訳ではない。ただ、竜たちにとって、お前は彼らの子供同然なんだよ」
ブラッドは後ろを振り返ってレオンの顔を見上げた。レオンは再び赤毛を優しく鋤きながら言葉を続けた。
「竜は小さい生き物や子供が大好きなんだよ」
「小さい。子供……」
そりゃあぼくは小さいけどさぁ……と、ブラッドは口を尖らせた。自分が同年代に比べて小さいことは自覚したいた。躰も細い。
その可愛く尖らせた唇をレオンが摘まんだ。
「ぶー……」
ブラッドを囲うように背中から抱いて、レオンは赤毛の小さな頭に自身の顎を乗せた。
「?」
「ブラッドは、竜が卵を抱くのを見るのは初めてだろう?」
「うん」
グリューンの丸くした躰で囲った卵を見た。グリューンが目を細めて卵を鼻で撫でている。
ふと、歌声が聴こえたような気がした。
柔らかな女性の歌声のような……。
「どうした?」
「気のせいかな……。どこからか歌声が聴こえてくるような……」
レオンは驚愕に目を見開いた。
「『竜の声』が聴こえるのか」
「竜の声?」
砕けたガラスが擦れ合うような、風に揺れて葉が触れ合うような、それでいて全身を包み込む温もりを感じる音……声。明確な旋律ではないが、聴こえてくるのは確かに歌声だった。
「それは、竜の子守唄だ」
「子守唄……?」
レオンが深く頷いた。
「竜は卵を抱く時に子守唄を歌って聴かせるんだ」
「卵に? 赤ちゃんじゃなくて?」
レオンは、少し、翳りのある微笑を浮かべてブラッドを見つめた。その微笑に、ブラッドの心臓が跳ねた。
「竜は、子守唄に己の魔力を込めて卵に聴かせるんだ。生まれたての卵の中は仮死状態になってて、母竜の魔力で生命力を取り戻し、殻を破る力を得る」
「仮死状態……」
「竜は、通常、卵は一度に一個しか生まない。それは、仮死状態の卵に魔力を注ぎ込まなくてはならないからだ。だが、時々だが、稀に二個生む時がある。しかし、母竜の魔力は一個の卵のみしか注がれない。どうしてか分かるか?」
ブラッドは首を横に振った。
「仔竜を育てるために、魔力を残しておかなければ動けなくなるからだ。動けないと言うことは、仔竜を育て護るどころか、己の身さえ護れないからだ」
「じゃ…あ、もう一個の卵はどうなるの?」
「巣から落とされるか、そのまま放置される」
「そんな……」
同じ卵なのに、一つは魔力という愛情を注がれて孵化し、育てられる。もう一つは放置され、見向きもされないなんて。
「放置されは卵は、その内、長い時間をかけて『竜石』となる」
「お伽噺じゃなかったの?」
「不老不死の薬、または、どんな病も治す万能薬と言われているが、誰も確かめた者はいない。ただ、とても綺麗に磨きあげた宝石のような石になる」
「見たこと、あるの?」
レオンは深く頷いた。
「売れば、国一つが買えるとも言われているが、あれは世に出すような物ではないと思ってるよ」
何だか、レオンの瞳が憂いを帯びているように見えた。残された卵の行く末を嘆いているような……。
「もっとも、放置された卵を持ち出して、俺たち卵売りが儲けてるんだがな」
舌をぺろりと出して、レオンは片眼を瞑った。
放置された卵を巣から盗んでも、母竜は追いかけて来ない。二個生むという稀な機会を求めて、竜の卵売りは竜の巣を求めて険しい渓谷を登るのだ。
ともだちにシェアしよう!