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第18話

母竜からも見捨てられた卵が、結果的には人の手を介してだが、養い親を得ることによって孵化出来るということは幸運なのかもしれない。 グリューンが愛しげに卵に額を擦りつけた。 子守唄は続いている。 朝日が天窓から差し始めた。織り成す光の中に、淡い色の星が降っていた。夢で見た星の欠片が竜舎全体に降り注いでいた。 竜の子守唄を聴いているうちに、ブラッドはレオンの腕の中で再び眠りに落ちていた。パオルらによる暴力は、思ってた以上にブラッドの心と躰を疲弊させていたらしい。 レオンはブラッドを囲うように抱え直した。 その様子をグリューンが眼だけを動かして見た。 ≪公子……≫ 呆れたようにグリューンが呟いた。 「漸く見つけたんだぞ」 ≪愛し子が公子の探し人なのは理解しましたが……≫ 子供が宝物を大事にするように、レオンはブラッドを己の腕の中に抱え込んだ。 「長かった……。まさか、『孵化』してるとは思わなかったからな」 レオンはブラッドの赤い髪に口づけを落とし、藁の寝床に横たわせた。腕の中で眠らせたかったが、それでは躰が休まらないだろうと、泣く泣く寝せたのだ。 グリューンは意識を卵に戻し、再び子守唄を続けた。子守唄の魔力を帯びた光の粒はブラットにも降り注いだ。 その頃、竜舎の竜たちは器用に前足で竜専用の扉を開けて、水を飲むために外へ出て行った。 ※※※※※※※※ 「ずいぶん可愛い子でしたね、兄上のお気に入りは」 オイレンブルク侯爵家に与えられた城の一室で甲冑を脱ぎ、ブリッツ竜騎士団の黒を基調とした制服姿となったジークムントが、揶揄するように兄に話しかけた。 フェリックス・オイレンブルク侯爵は、深緑の長椅子から育ち過ぎた弟を見上げた。いつもは穏やかな榛色の瞳に、尖った氷柱を思わせる光があった。 十人中十人は凍りつきそうな眼で見つめられたが、ジークムントにはそよ風に吹かれた程度だ。むしろ、蔑まれた眼差しに背筋が別の意味でぞくぞくする。 ブラッドを襲った三人は城の地下牢へ入れ、ミュラーを始めとした調教師らは今後の仕事の再編成を話し合うため礼拝堂に集まった。宿舎にしなかったのは、竜に調教師らの不穏な雰囲気を……負の感情を感じさせないためだ。 竜に接する調教師は、常に精神を平静に保ち、竜に人間に対する不信感を抱かせないようするのが最大の仕事だ。 「それにしても、あんなに竜に好かれてる人間も珍しいですね」 絆を交わした騎士を危機から救おうとする竜は少なくない。しかし、調教師でもなく、竜騎士でもない少年のために数多くの竜が集うとは。 「俄然、興味が湧きました」 にやりと笑った弟の足を行儀悪く蹴り上げ、フェリックスは向かいの椅子に座るよう促した。ただでさえ自分より大きな弟に、立って見下ろされるのは気分が良くない。 「あの子には、へたなちょっかいは出さないことだ」 「やはり、兄上が愛でておられるのですか」 フェリックスは長い嘆息をついた。 「ジーク」 「何でしょう、兄上」 「あれには、手を出すな」 あれとは、ブラッドの事だ。 「命令ですか」 「兄というより、当主としてだ」 ジークムントの顔から、先ほどまでの兄を揶揄う表情が消えた。 「兄上がそこまで気を使う彼は、一体、何者なんですか。余程の人物の落し胤とか」 ジークムントとしては真面目に訊ねたのだが、フェリックスはもう一度、嘆息した。 「これは私個人の推測だが……」 フェリックスの瞳の光が鋭さを増した。 「誓って、誰にも漏らしません」 問われる前にジークムントは胸に手を当てて兄の眼を見つめた。瞬きもせずに視線を逸らさない弟に頷き、フェリックスは口を開いた。 「私の推測に間違いがなければ、ブラッドは竜人族だ」

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