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第19話

ジークムントは口をぽかりと開けて兄を見た。 竜人族など、竜石以上にお伽噺だからだ。 「おやおや、我が弟は兄の言葉を疑うのかなぁ。弟の信も得られてないとは、私は出来損ないの兄であり、当主の資格がないのかもしれないなぁ」 「いえっ、疑うなんて、あり得ないですっ」 慌ててジークムントは否定した。 見た目は麗しく、優しげだが弱々しさを感じさせない貴公子の兄は、怒ると容赦がない。若くして爵位を継ぎ、正直だけで海千山千の腹黒の貴族たちを相手に家を守っていけないとを熟知している。しかも、自分より上の爵位の子息が所属しているブリューテ騎士団の団長でもある。 生まれ時からの付き合いのジークムントは、ヘソを曲げた兄がどんな報復をしてくるのか身に染みている。引くところと、そうでないところの線引きは心得ており、大好きな兄が口をきいてくれなくなる事態だけは避けたい。 「ただ、どうして、あの子が竜人族だと知ったのかと……」 冷たい視線を送るフェリックスに、ジークムントは愛想笑いをした。その弟を問い詰めることを止め、フェリックスは脚を組み直した。 「初めてブラッドをこの城に連れて来た時、あの子を竜たちが囲んだんだよ」 この城は北の国境に近く、隣国からの干渉も度々ある。干渉を退けるための竜騎士団が常駐している国境沿いの砦を配下にし、後方支援を主に担っている。 あの日、城下で奴隷商人から救い出し、城に連れて来た時の事を思い出した。 騎士団としての仕事を終えたら自分の領地に連れて行こうと思い、一旦、城で預かって貰うためだ。 短時間に自分の運命が目まぐるしく変わり、事態に頭がついて行けずいたブラッドを竜舎に案内したのは、ほんの気まぐれだった。 食事を終え、身を纏う鎧を兼ねた鱗を磨いて貰ったり、日向で微睡んだりしていた竜たちが一斉にブラッドを見た。竜舎の建ち並ぶ広場でブラッドは初めて竜を見たようだ。 想像よりも大きな生き物に、ブラッドは立ち尽くして竜たちに目を奪われた。恐怖は感じていないようで、足が後退することなかった。 そのブラッドを中心に竜が次々と広場に集まり、赤毛の少年を取り囲んだ。好奇心旺盛な竜が興味を持った対象である少年をこづき回したりしないか懸念したが、フェリックスの心配をよそに竜は交代で赤毛に鼻先をつけたり、頬を舐めたりした。 絆を交わした騎士以外に親愛の行動をするなど聞いたことがない。むしろ、初見の人間にこれほど興味を持つなど稀な行動だ。 調教師らが慌ててブラッドから竜を離そうとしたが、特に雌の竜は動こうとしなかった。それは、仔竜を群で守る習性そのもので、ブラッドは彼女らにとって比護するべき対象に見えた。 それは、兄上の主観では…と思ったが、賢い弟は口にしなかった。 その考えを読んだかのようにフェリックスはジークムントを睨んだ。 「我がオイレンブルク家は、建国からの歴史ある家系であることは承知しておろう。その我が家の図書室に建国以前の竜に関する文献がいくつかあった」 オイレンブルク侯爵家には、度々書道楽な当主が現れ、お伽噺のような奇想天外な書物から政治経済、薬学、各国の書籍が集められている。ジークムントも家庭教師がついて、一行で眠ってしまいそうな難解書籍の解説をしてもらったことがある。……興味のないものは、一行も覚えていないが。 「まぁ、難しいことを説明しても、お前の耳を素通りしてしまうだろうから、簡潔に言おう」 「お願いします」 「竜に関する文献やの中に、竜人族の特徴を記してあったのだよ。それに書かれてた瞳の特徴がブラッドの瞳と合致したのだ」 「瞳、ですか」 ブラッドが可愛いい顔立ちだったのは覚えている。しかし、滑らかな脚の方が目に焼きついており、顔はうろ覚えだ。 「その文献では『竜眼』と記されていたが、色は様々だが瞳の中心が緑がかっており、時に瞳孔が細くなる、と」 月明かりがあったとはいえ、建物の中で薄暗かったため、ブラッドの瞳の色は分からない。 「それに、怪我の治りが普通より早いんだよ、本人は気がついてないみたいだけど。ちょっとした怪我だと、3日もすると跡すら残ってなかったりね。他の人も気がついてないみたいなのは、無条件に竜に好かれているブラッドに嫉妬して、あの子に関わらないようにしているからだと思う」 「よく、見ていますね」 「そりゃあね、領地に連れていく機会を狙ってるからねぇ」 その言葉は、紛れもない本心であるということが、ジークムントには残念なことに解ってしまった。

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