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第21話

グリューンの眼が大きく見開かれ、喉の奥で唸り声のような音が響き、波打つ鱗が逆立ち始めた。ブラッドは何とかグリューンを宥めようと首を撫でたが、溢れる怒気が止まらない。 どうしよう、と、レオンを見た。 レオンもまた、突然現れた王弟をどう扱っていいか図りかねていた。 竜舎の入り口では、扉の外からミュラーとウォーレンが困惑気味に立って中を覗いていた。 ミュラーがレオンに、逆らうなと身振り手振りで伝えてきた。 「早う出ぬかっ」 焦れたマルティンがブラッドを柵の中から出そうと手を伸ばした。 「馬鹿野郎っ」 「グリューン、駄目っ」 「殿下っ」 鋭く尖って光る顋が王弟の、ブラッドを掴もうとした腕に向かって開かれた。 レオンはマルティンの腕を掴んで自分の方へ渾身の力で引っ張った。ブラッドはグリューンの首にしがみついた。 入り口のミュラーとウォーレンは、為す術なく、惨状を想像して眼を固く閉じた。 勢い余って床に倒れ込んだレオンは、マルティンを庇って背中をしたたか打った。 「グリューン、グリューン。お願い、卵を抱いてっ。卵が石になっちゃう。グリューン、お願いっ」 グリューンの首にしがみついて、ブラッドは必死に訴えた。 「あと少しで孵化するんだよ?」 ブラッドはグリューンの眼を覗き込んで、更に言葉を重ねた。 「赤ちゃん竜、きっと可愛いよね。ぼく、初めて見るよ、赤ちゃん竜。グリューンが抱いて孵化するんだから、グリューンがお母さんになるんだよね?」 唸り声が、徐々に小さくなっていった。 「生まれたら、ぼくもお世話してもいいかな?」 その言葉にマルティンが反応して、何か叫ぼうと口を開けた。その口を素早くレオンが塞いで、もう片方の腕でマルティンを拘束し、引き摺って竜舎の外に出した。 グリューンはブラッドに任せて大丈夫だと判断したからだ。それは、ミュラーとウォーレンも同じ考えのようだった。 他の竜が水を飲む時間で外にいたのが幸いだった。ミュラーは前日の出来事が、再び起こるのかと肝を冷やした。 「無礼者っ、離せっ。我に許可なく触れるでない」 レオンが離すと、マルティンは服についた埃を払い落とした。 「卵を抱いている竜の側に不用意に近づくな」 「何だと。我を誰だと心得る」 「誰だろうと身分なんか関係ない。卵を抱いている竜は危険なんだ。危うく、その腕が無くなるところだったんだぞっ」 しかも、ブラッドの目の前で惨事が起こるところだったのだ。竜が人間を襲うところをブラッドに見せたくなかった。 「わ、我は……」 「一体、何があったのです?」 マルティンがレオンに言いかけた時、フェリックスとジークムントが駆け寄って来た。 ミュラーとウォーレンは安堵の表情で、事の経緯をフェリックスに説明し始めた。 竜舎に残ったブラッドは、グリューンの傍らに腰を下ろして卵を撫でていた。 「良かった、温かいね……」 グリューンからの卵への魔力の供給は切れなかったようだ。心なしか、殻の中からの鼓動が掌に伝わっているような気がする。 放たれていた怒気も、逆立っていた鱗も収まっていた。 グリューンがブラッドの髪に何度も鼻を押しつけた。先程の行為を謝っているように。 「分かっているよ、グリューン。大事な卵を守ろうとしたんだよね?」 ブラッドの髪を甘噛みし、グリューンは頬を嘗めた。 「ふふっ。くすぐったいよ」 王弟をフェリックスらに任せ、レオンは竜舎に戻った。 グリューンがブラッドに甘えるようにじゃれていた。 レオンには分かっていた。グリューンがマルティンの腕に噛みつこうとしたのは、卵を守るためでなく、自分の側からブラッドを離そうとしたからだということを。 このまま、ブラッドが竜に関わるのは危険かもしれない……。 レオンは、ブラッドを城からどうやって連れ出そうか手立てを考えた。

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