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第22話
フェリックスとジークムントが竜舎での騒動に出くわしたのは偶然だった。
北の砦に連れて行く竜の様子を見に来たら、ちょうどレオンがマルティンを竜舎から引摺り出したところだったのだ。
ミュラーから経緯を聞き終えたフェリックスは頭痛を覚えた。
「呆れましたな」
普段、穏やかで、声を荒げることの殆どないフェリックスの冷ややかな口調に、ミュラーとウォーレンは息を飲んだ。ジークムントにとっては馴染みのある口調だったが、免疫のない者には鋭い刃に感じられたのだろう。
それは、マルティンも同じだったようだ。
「取り敢えず、場所を移しましょう。ここで話をしていては、彼らの仕事の邪魔になります」
漸く落ち着きを取り戻したグリューンの躰を拭く作業を再開したブラッドは、光を纏った子守唄が聴こえてきたことに胸を撫で下ろした。
卵を抱いている間、母竜は巣から一歩も出られないため、飲まず食わずになる。野生であれば、番の竜が水分を多量に含んだ果物や食料を運んで来る。
しかし、ここでは番うことは稀で、番の竜はいない。人の手で世話をしなければ、卵を抱いた竜は衰弱してしまう。最悪、回復せずに死ぬこともある。
動かないことで鱗の間に寄生虫が入り込まないように躰を磨き、水と食べ物を用意する。
本来、その仕事は孵化するまで竜の卵売りが請け負う。何故なら、高額な代金を払っても孵化するとは限らないからだ。
偽の卵を売りつけて、金を受け取って逃亡ということが多々あった。そのため、いつの頃からか、孵化するまでが卵売りの仕事となったのだ。
その事を知らないブラッドは、グリューンの躰を拭き終わると、水を汲みに行くために柵から出た。
「ブラッド。水は俺が汲んで来るから、グリューンの側にいてくれ」
「えっ?」
ブラッドはレオンを見上げた。
「まだ、本調子じゃないだろう」
大きな掌がブラッドの頬をそっと撫でた。
「必要な物は全部俺が用意するから、お前はあまり無理をするな」
掌が頬から首筋に、胸から腹に移動した。ブラッドの心臓が不規則に跳ね上がった。
「骨に異常はなかったが、内臓までは分からない。傷ついていたら大変だ。なるべくなら安静にしていて欲しいんだが……」
「ぼ、ぼく、昔から丈夫だからっ、だから、大丈夫っ」
声が引っくり返ってしまった。
レオンの前だと、特に触られたりすると、心臓がが跳ねて思考が定まらず、言葉が上手く出ない。
「無理するなよ?」
「う、うん。はい」
ブラッドが返事をすると、レオンは頭をぽんぽんと軽く叩いて竜舎を出て行った。
扉が閉まると同時に、ブラッドはしゃがみ込んで膝に顔を埋めた。顔の火照りがおさまらない。
「もー、心臓がおかしくなっちゃうよー」
どうして、レオンに触れられただけで、見つめられただけで、声を聞いただけで顔が火照り心臓が不規則になるのか。
(一目惚れかな?)
唐突にフェリックスの言葉を思い出した。あの時は、彼が何を言ったのか理解出来なかったが、今は、何となく分かるような気がする。
「ぼく、レオンのことが好き、なのかな…?」
言葉にしたとたん、顔が更に熱くなった。
遅い初恋の訪れに、ブラッドは気持ちに思考が追いつかず、益々、混乱していった。
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