23 / 156
第23話
ブラッドが真っ赤になって頭を抱えてる頃、レオンは井戸から汲んだ水を大きめの桶に注いでいた。通常使用する桶より随分大きく深さもある。長身のレオンの腕でさえ抱えきれないであろうの大きさだ。
それになみなみと水を注いだレオンは、周囲に人がいないかを確かめ、桶を軽々と肩まで持ち上げて乗せた。小麦の袋を一つ肩に乗せているくらいの軽やかさだ。
水飲み場には竜たちしかおらず、彼らはレオンが通るのを邪魔しなかった。むしろ、積極的にレオンを隠すように、彼が通った後に密集した。
「ブラッド?」
危なげない足取りで竜舎に戻ったレオンは、頭を抱えてぶつぶつ呟いているブラッドに、具合が悪くなったと勘違いして慌てた。桶をグリューンの前に置くとブラッドを抱き上げた。
「え? え? 何?」
「何って…頭が痛いんだろう? 痣が残るくらい殴られたんだ。後から痛み出してもおかしくない。医師を呼ぶから、横になっていろ」
ぐるぐる考え込んでいただけなのに、レオンはブラッドが具合が悪くなって踞っていたと思い込んだらしい。
「ち、違うよっ。具合なんて悪くないよ。大丈夫だよ」
「しかし……」
「本当に、何ともないよ」
「それなら、いいんだが……」
大丈夫だと言うブラッドをレオンはそっと下ろした。
その様子を見ていたグリューンが、キュキュッと鳴いた。笑われたようだ。
グリューンを軽く睨んで咳払いを一つし、レオンはブラッドに向き直った。
「ブラッドは、ここの竜たちに好かれてるみたいだな」
「そうなのかな……?」
初めて言われた。
城に来た時から竜たちはブラッドに優しかった。そういうとのだと思っていた。水やりも食事も竜たちは大人しくブラッドには従い、躰を拭く時も動かない。むしろ、ブラッドに鱗を磨いて貰うのを行儀良く待っていたりする。
調教師には絶対見せない表情で……。
尤も、熟練の調教師にしか竜の表情の変化は読み取れないのだが、竜の態度の差だけは感じ取れた。経験の浅い調教師には、それが面白くないのだが。
「なぁ、卵が孵化したら…、俺と一緒に来ないか?」
「えっ?」
レオンはブラッドの前髪をかき上げ、目を合わせた。
「会ったばかりの男にこんな事言われて、気持ち悪いかな?」
「そ、そんなんじゃなくて…、急だし、何でぼくなんかを」
竜に好かれてるなからの展開に、ブラッドの頭はついていけてない。
「心配なんだよ」
「心配?」
「あんな暴力、俺は赦せない」
調教師の中にはパオルのようにブラッドを蔑み、暴力を振るう者は少なくない。竜が自分ら調教師よりブラッドに従うからだ。調教師頭のミュラーも薄々は気がついていたが、下働きの少年を庇って調教師らの機嫌を損ねるのは本意ではなかった。
荒んだ気持ちで竜の前に立って欲しくなかった。竜は人間の気持ちの機微に敏い。竜の機嫌を損ねると鋭利な爪で引き裂かれかねないからだ。
ミュラーの天秤が、ブラッドよりも調教師に傾いているのは仕方のないことだった。
一連の出来事で、レオンはブラッドの城での立場を正確に確信した。オイレンブルク侯爵がいなければ、ブラッドは早々に儚くなっていたに違いない。
ともだちにシェアしよう!