24 / 149

第24話

城門に早馬が着いたのは、朝餉の支度の煙が立ち昇り始めた頃だった。 オイレンブルク兄弟は王弟を『丁重』に自室に招待し、竜についての取り扱い事項を延々と『諭して』いたところに従僕が大慌てで駆け込んで来た。 通常であれば、フェリックスによって『笑顔』で床にめり込むまで叱られるところだが、従僕の強張った顔が只事でないことを言葉より先に語っていた。 「た、大変でございますっ……」 大変なのは悟っていたが、敢えて、フェリックスは鷹揚に、 「王弟殿下の御前である。そのように乱れていては失礼であろう」 「はっ!」 従僕は乱れた衣服を正し、王族に対する礼を取った。膝を着き、頭を垂れて、話す許可を待つ。内心は、どうしてこんな時に主の部屋にいるのかと苦々しく思いつつも、だ。 マルティンは、それこそ床にめり込む程フェリックスに諭されて(叱られて)いたのだが、王族の矜恃を思い出し、精一杯胸を張って従僕に話す許可をした。 「ご許可頂き、恐悦至極でございます。ご主人様、ただ今、エーデルシュタイン辺境伯様がお出ででございますっ」 「辺境伯が!?」 「団長がっ!?」 「ローザ殿がっ!?」 フェリックス、ジークムント、マルティンの3人が同時に声を上げた。それぞれの胸中は全く違ったが…。 「辺境伯を客間に案内を」 「それが、案内は要らぬと仰られまして、ご自分の竜に用があるからと竜舎へ向かわれました」 それに最も慌てたのはジークムントだった。 「やばいですっ!」 市井の言葉で叫び、今にも走り出しそうな弟の肩をフェリックスは掴んで止めた。 「落ち着け、ジーク」 「落ち着いてなんかいられません。団長はご自分の竜に、グリューンに会いに行ったんですよっ!?」 「卵を抱いているから、連れては行けないのではないか?」 フェリックスには、ジークムントが何に焦っているのか見当もつかない。グリューンの側には卵の扱いに長けたレオンがいる。辺境伯といえど、卵を抱いている竜を強引に連れて行くことは出来ない筈だ。 「違います」 ジークムントは頭を振った。 「グリューンの側には、あの子もいますよね」 あの子とは、ブラッドの事だ。 信じられない事に、この大柄な弟と同年齢らしい。 「団長の好みにブラッドはドンピシャなんです!」 「は?」 「団長は、小さくて可愛いものが大好きなんです」 大真面目な顔でジークムントは兄を見た。 従僕が慌てていたのは、国境で続いている小競合いを収めるために北の砦に詰めている筈の辺境伯が城に来たからだ。戦場放棄の罪に問われかねないかもしれない、重大な事態だと思ったのだ。 それなのに、弟の心配は完全に逸れていたのだが、ある意味、的を射てもいたのだった。 竜舎でレオンのブラッドを旅に誘う言葉が求婚になりつつあったところへ、彼女は辺境伯家の紫陽花色の外套を翻して現れたのだった。

ともだちにシェアしよう!