25 / 156

第25話

10年前、先代の病死により、ローザリンデ・エーデルシュタインは14歳で辺境伯を継いだ。 辺境伯は代々、男女に拘わらず長子が継ぐことになっていた。親族の中にはローザリンデが成人していないと言う理由で、自分、もしくは子供を補佐につけることを主張する者もいた。 しかし、ローザリンデは 少女ながらも凛としてそれを断った。通常の領地経営ではないからだ。税収の殆どが防衛費で占められ、彼らが期待する旨みは無い。 先代のエーデルシュタイン辺境伯は、ローザリンデが幼い頃から剣術を仕込み、竜と絆を結ばせ、領地経営を実地で教えた。元来、躰があまり丈夫ではなかった辺境伯は、戦では先頭に立つことはなかったが、用兵に於ては各騎士団の団長から一目置かれていた。 竜との絆は結べたが、冷たい風に当たるとすぐに熱を出し、一旦床につくと、快復に時間を要した。ローザリンデの記憶の中の父は、いつも床に臥して薬湯を不味そうに啜っていた。 母はローザリンデを産んだ後、流行りの風邪で呆気なく亡くなった。 病弱だったと言う訳ではない。母は、真冬に冷水を被っても風邪ひとつ引かない程の丈夫さであった。ただ、その年に流行った風邪は、王国だけでなく、大陸中に猛威を振るい、老若男女貴賓を問わず大勢の命を奪っていった。 母からは丈夫さを父からは聡明さを受け継いだローザリンデは、14歳で家督とブリッツ竜騎士団を継いで今に至る。 癖のある豊かな黒髪を首の後ろで無造作に束ねたローザリンデは、竜舎の扉を開けると、長身の男が子供に迫っている様子に眉を跳ね上げた。翠の瞳を細め、剣の柄を握り脚を早めた。 「そこの変態っ。子供に何をしておる!」 変態とは、レオンのことだ。 ブラッドの両肩を掴んでいたことから、ローザリンデには少年に襲いかかっている不埒者-変態-に見えたのだろう。 変態呼ばわりされた当人は、最初、彼女の言葉が理解できなかった。否、理解したくなかった。 「ええい、離さぬかっ、不埒者めが!」 ローザリンデは剣を抜いた。 女性には不似合いな大剣だが、彼女は片手で軽々と構えた。 空いた左手をブラッドに差し出し、 「坊や、こちらにいらっしゃい」 「え? でも…」 「無理矢理、この変態に連れ込まれたのね。大丈夫よ、怖がらなくても。さぁ、私の方へいらっしゃい」 「変態を連呼するなっ」 レオンが慌てて言った。ブラッドが誤解したらどうするんだ。 「子供を襲うなんて、充分変態じゃない。さぁ、坊や、お姉さんの方へ来なさい」 レオンに肩を抱かれて、ブラッドは首を傾げた。 ここ数日で、自分は随分子供に見られていたことに気がついた。初対面の女性騎士にも、幼い子供に見られているらしい。 自分が同年代に比べて成長が遅いのは薄々気がついてはいた。しかし、そんなに自分は子供に見えるのかと、少々傷ついてもいたのだ。 ただ、何故、レオンが変態呼ばわりされているのかが分からなかった。 「あの、レオンは変態? じゃないし、ぼくは小さい子供じゃありません」 「まぁ、こんな幼けな子供を言葉巧みに騙して連れ込んだのね」 ローザリンデは更に眉を跳ね上げ、剣先をレオンの目線に構えた。 「待って下さいっ」 ブラッドはローザリンデに駆け寄り、大剣を握る手を両手で掴んだ。 「言ってること、よく分からないけど、レオンは何もしてないです」 くせっ毛の前髪の間から、零れ落ちそうな瞳がローザリンデを真っ直ぐに見ていた。陽光に輝く新緑の色だ。ローザリンデの心臓が跳ね上がる。 「それに、ぼくは子供じゃありませんっ。今年、多分だけど、17になります」 「そんな嘘つかなくてもいいのよ? 変た…あの男に言い含められているのでしょう?」 「本当に17なんです。ぼくを拾って下さった神官さまが仰ってました」 「そうなの……?」 「はい」 澄んだ瞳に魅了されたローザリンデは剣を鞘に収めた。 安堵したブラッドは、にっこり笑ってローザリンデを見上げた。その笑顔に惹かれるがままにローザリンデはブラッドの滑らかな頬に手を当てた。 「お、おい、何を……」 「坊…、君、私の従者にならないか?」

ともだちにシェアしよう!