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第28話
ブラッドの魅力に一番最初に気がついたのは私なのだ。そう主張したかったが、さすがに大人気ないとフェリックスは堪えた。
「辺境伯殿、城で躰を休めてはいかがでしょうか。朝早く砦を立たれたとのこと。食事を用意しましょう」
「これは、かたじけない。さすがに腹が減りました。遠慮なく頂きましょう」
ローザリンデはグリューンの鼻を撫で、フェリックスに続いて竜舎を出た。本当はブラッドも一緒に連れて行きたかったのだが。
「従者の件、本気だぞ。考えておいてくれると嬉しいな」
満面の笑みで一言を残して……。
竜舎に残された二人は顔を見合せ、何となく離れて、それぞれの仕事を再開した。
「ところで侯爵殿、ここに王弟殿下がいらっしゃっておると門番から聞いたのですが、私とは顔を合わせない方がよろしいかと」
先導するフェリックスにローザリンデが申し訳なさそうに言った。
「殿下を奥の客間に留めておくよう申しつけております。顔を合わせるのは気まずいですか?」
「いいえ」
きっぱりと、ローザリンデは首を横に振った。
「私は構わないのですが、殿下がお気を悪くなさるのではないかと」
「気を悪くするどころか、嬉々として貴女の手を取って再求婚しかねない勢いですよ」
フェリックスの言葉に、ローザリンデは咄嗟に返答が出来なかった。
「かなり、はっきりと断ったのですが…」
「貴女に相応しかろうと、竜騎士になるためにこのこの城に来たようです」
「殿下が竜騎士に? 無理です」
再度、ローザリンデはきっぱりと言った。
「侯もご存知の通り、竜騎士になるには竜と絆を結ぶための資質が必要です。竜を怖がらない。蔑まない。心を明け渡すくらいの心構えが必要です。ですが、あの方は根本で竜をただの動物で従える物と考えておられる」
フェリックスは深く頷いた。
「殿下にとって、竜は辺境伯と…貴女と結婚するための試練と思い込んでおられる様子」
「困った事です」
二人は、止めていた足を再び動かした。
そこへジークムントが困惑気味の表情で駆け寄って来た。後ろに調教師のミュラーが続いていた。
「団長、兄上、一大事です」
フェリックスは一歩引いて、ローザリンデに場を譲った。
「とっくに、竜を連れて出発したと思っていたぞ」
「申し訳ありません。しかし、竜が飛ばないんです」
ジークムントは後ろのミュラーを見た。
「侯爵様、辺境伯様、大変申し訳ございません」
ミュラーが深々と、地に額がつくのではないかと思うほど頭を下げた。
「頭を上げてくれないか。何が起こったのだ?」
ミュラーの表情は、ジークムント以上に困惑し、強張っていた。調教師として竜と接してきて、初めての出来事に困惑し、どうすればいいか分からなかった。
「ブリッツ騎士団の竜を全頭広場に集めて出発しようとしたんですが……どの竜も飛ぼうとしないんです。シルヴァンも…俺の竜もです」
「飛ばない……?」
「俺には、さっぱり分からなくて……」
一定期間騎士らと離れたとしても、絆はそう簡単には切れない。むしろ、絆を結んだ相手の元へ行く許可が出たのだ。通常は喜んで絆の相手の元へ飛んで行く筈なのだが。
「声をかけても、竜笛を吹いても駄目なんです。全部の竜が同じ方向を見て動こうとしないんです」
「同じ方向?」
「はい。さっきまで団長たちがいらした竜舎です」
竜舎には、グリューンと卵、レオン、そしてブラッドがいる。
「さて、何が気になって竜たちは出立出来ないでいるのやら……」
フェリックスが呟いた。
四人の脳裏に、赤毛の少年の顔が浮かんだ。
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