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第31話

鍜冶小屋の奥から、打ち上がったばかりの草刈り用の大きな鎌を砥石で研ぐ音が規則正しく聴こえてくる。木槌で叩いているの音は、研ぎ終えた鎌の刃に柄を着ける作業のようだ。 賑やかなのに穏やかな空間が心地好い。 香草茶を飲み終えたブラッドはトーマスにカップを渡して礼を言って立ち上がった。 小屋を出ようとしたブラッドに、トーマスが声を掛けた。 「坊主、何かあったら、遠慮しねぇでここに来いよ」 「…はい。ありがとうございます」 トーマスは無理に聞きだそうとはしない。理由を聞いたところで、何が解決するでもないからだ。ただ、小屋へ来て、茶を飲んで休んで行けと。その放置の優しさが有難かった。 鍜冶小屋から遠くない所に犬舎はあった。 狩りや防犯、追跡用に飼っている犬は20数頭いた。犬の寝床に敷かれた藁を取り替え、糞を片づけ床の汚れを拭き取る。水飲み用の水槽を洗い、新しい水を入れると、早速、犬たちが飲み始めた。 犬舎をぐるりと囲んだ柵から犬たちは勝手に出ないよう躾られており、水を飲み終えるとめいめい自分の居場所と決めた所で寛ぎ寝転ぶ。今日の運動と訓練は終わっていたようだ。 ブラッドは犬舎の一番奥の藁を多めに敷いた。犬舎で寝起きしているからだ。最初は調教師らの宿舎にいたのだが、どうにも居心地が悪く、暖を求めて犬の側なら暖かいだろうと犬舎で寝るようになったのだ。 そのため、犬舎の掃除は念入りにする。初日に臭いとノミに悩まされたからだ。 犬の中でも一際大きな灰色の狼に似た犬が近づき、ブラッドの手に鼻を当てた。長格の彼は-ヴィント-は最初からブラッドを群れに迎い入れた。どうやらヴィントの保護の対象と認識されたようで、他の犬もブラッドを受け入れ、唸られたり吠えられたりしなかった。 夕べ、犬舎に戻らなかった事をヴィントに心配されているらしい。怪我をした事も匂いで分かられてしまったようだ。 「大丈夫だよ。手当てしてもらったし、もう、痛くないから」 ヴィントは頭を傾げ、ふん、と鼻息を手にかけた。 自分の知らない所で怪我をするな、と言われたようだ。 「心配してくれてるの? ありがとう、ヴィント」 ヴィントの頭を撫で、ブラッドは用具を片づけて犬舎を後にした。 竜舎に戻ると、まだ、他の竜は戻っておらず、レオンの姿も無かった。グリューンがブラッドに気づいて頭を上げた。 「グリューン、卵の様子はどう?」 グリューンの柵の前に駆け寄り、卵を覗き見る。魔力を注がれたから、心なしか、薄紅色が前より濃くなったような気がした。 何となく、前よりグリューンの子守唄がはっきり聴こえるようになった。硝子の欠片が降る様な音から、明確な歌声に。 いとしいこども とこしえの ほるかかなた あいを 所々だが、言葉が混じって聴こえる。 グリューンの卵へ向ける愛情がひしひしと伝わってくる。街でよく見かけた、抱いている赤ん坊に見せる母の慈愛の溢れた眼差しだ。 自分は、どうして捨てられたんだろう。 布一枚掛けられず、裸で、神殿の前に置かれていたと聞いた。凍え死んでも構わないと思ったのか。それほど、疎まれたのか。ならば、産まなければ良かったのに……。 「お前など、生まれて来なければ良かったんだ……って、誰に言われたのかな……? ねぇ、グリューン、ぼく、どうして捨てられたのかな…?」 柵に凭れかかり、ブラッドは呟いた。 「覚えていたのか……」 背後で唐突に声がし、ブラッドは驚いて振り向いた。誰もいないと思っていたから呟いたのだ。 そこには、顔色を無くしたレオンが立っていた。野菜と果物が入った大きな篭を抱えている。グリューンの食事を取りに行っていたようだ。 「どう言う事? 覚えていたのかって……」 はっとして、レオンは口を閉じた。声に出すつもりが無かったのが分かった。 「ねぇ、どう言う事なの? 何か知ってるの? ぼくは、要らない子供だった ……?」

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