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第33話
深夜、猛烈な空腹を覚えて目が覚めると、間近にレオンの整った顔があった。
叫び声を上げそうになり、慌てて口を両手で塞ぐ。自分の置かれた状況を把握するのに、ブラッドは物凄い早さで記憶を辿った。
竜の世話。
犬舎の掃除。
それから……レオンが、自分の事を知っているらしいこと……。
そして……。
天窓から差し込む月明かりに浮かんでいる、形の良い、引き締まったレオンの唇から眼が離せない。その唇が思いの外熱く柔らかい事をブラッドは身をもって知っている……。
そのとたん、ブラッドの顔が熱く真っ赤になった。知っている原因に思い至ったからだ。
起き上がろうとし、ブラッドはレオンの両腕にがっちりと抱え込まれている事に気づいた。腕枕をしていた左腕が肩に、右腕が腰に回されている。
レオンを起こさないように腕の中からどうやって出ようか……。
ブラッドは思案しながら竜舎を見回した。いつの間にかグリューン以外の竜が戻って来ており、各々の寝床で眠りについていた。それにも気づかないで眠ってたなんて。
視線を戻すと、レオンの穏やかな寝顔があった。その安らいだ寝顔を見ていたら、何だか腹立たしくなった。
ずっと悩んでいた事の答えに、もしかしたら手が届くかもしれなかったのに、あろうことか、唇接けでごまかしたのだ。ずっと心の重しとなっていたのに、唇接けで……。
(脛を蹴ってやろうか)
しかし、悲しいかな、小柄なブラッドの爪先はレオンの膝辺りだ。いっそ、膝でもいいかな…。
「何を物騒な事を考えている?」
唐突に頭上で声がし、ブラッドは驚いて躰を震わせた。
顔を上げるとレオンが、くすり、と笑ってブラッドを見つめていた。いつから起きていたのか、ブラッドの一連の行為を全部見ていたらしい。
むっとして、ブラッドはレオンの胸を両手で押して突っ張った。
「レオン、嫌いっ」
「お、おい?」
「知りたい事、全然答えてくれないし。へ、変な事するしっ」
脚をバタバタさせてレオンの膝や太腿辺りに当てているのに、全く痛がりもしない。むしろ、子犬が尻尾を振ってじゃれついてるのを微笑ましく眺めてる感じだ。
ブラッドは、益々興奮して胸を叩いたり、押したり腕をつねったりした。
「おいおい、落ち着けって」
「別に、落ち着いてるし。嫌い。放して」
毛を逆立てた子猫のように暴れるブラッドをレオンは引き寄せ、頭を胸に強く抱えて込んだ。暴れるブラッドを落ち着かせるために根気強く背中を撫でる。
「何ごまかしてんのっ!? 馬鹿にしてる?」
「馬鹿になんかしてないよ」
暴れるブラッドの脚をレオンは自分の脚を搦めて抑え込んだ。
「レオンっ」
「しぃー…。静かに、竜が目覚めてしまうよ」
「ううっ……」
大人しくなったブラッドの髪に指を絡め、レオンは高めの体温を堪能した。
「すまなかったな、ブラッド……」
「……」
「お前が知りたい事、もう少ししたら、全部話してやるよ」
腕の中でブラッドが僅かに身動いだ。
「卵が無事に孵化して、雛が落ち着いたら…全部だ」
「レオン……」
「但し、この城からは離れなくてならない」
「どうして……?」
レオンは腕の力を緩め、ブラッドと目線を合わせた。その瞳を見てブラッドが息を飲んだ。
「その瞳は……ぼくの見間違いじゃなかったんだ……」
レオンの瞳は瞳孔が縦長になっていた。
「このまま城にいては、竜に強い影響を与えてしまう。それは、竜だけでなく、他の人間たちにも好ましくない状況になる」
「ど…うして……?」
レオンは一拍置いて答えた。
「お前が、俺と同じ竜人族だからだ」
大きく眼を開けてレオンを見つめたブラッドの瞳は、つられたように瞳孔が縦長になっていた。それに気づかず、ブラッドは震える手でレオンの頬に触れた。
「りゅうじんぞく?」
それこそ、竜石以上に伝説級の……。
「ぼくが、竜人族? 嘘でしょ?」
「いいや。本当の事だ」
「嘘…。だって、そうだったら、どうして……」
何をどう訊いたらいいか分からなかった。
それでも、何か訊きたくて口を開いた時、
『ぐくくる~』
と、ブラッドのお腹が盛大な音で空腹を訴えた。
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