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第34話

林檎をレオンから受け取り、ブラッドは頬を染めて噛りついた。 甘酸っぱい果汁が口の中いっぱいに広がり、ブラッドは夢中になって食べた。果実を食べるなんて、孤児院にいた時以来だ。 「美味しい……」 「それは良かった。その林檎はグリューンからのお裾分けだ」 「えっ!?」 卵に顔を寄せていたグリューンがブラッドに視線を向けた。慈愛の籠った、優しい眼差しだった。 ≪ブラッドは、私たちの愛しい子供≫ 落ち着いた女性の声だ。卵への子守唄と同じ声だ。 「グリューンの、声?」 「そうだ」 「どうして? ぼくは調教師じゃないのに」 「調教師や竜騎士が、必ずしも竜の言葉が分かる訳じゃない」 ブラッドの髪に指を絡めてレオンが答えた。 「竜の声を聞き分けるには、特殊な耳が必要になる。普段、人間が聴く音とは音階が違うからな。聞き慣れない音を声と認識するのは難しいんだ。もっとも、あの伯爵……辺境伯はグリューンの言葉を理解していたんだろう?」 後半の言葉はグリューンに向けてだった。 ≪リィンは、初めて会った時から私と言葉を交わしてました≫ 「リィン?」 ≪その名は私と彼女だけの呼び名。契約。公子と言えど、その名で呼ぶことはなりません≫ 「分かった、気をつけよう」 竜と竜騎士との間に交わされた絆-契約-は何者にも、国王でさえも割り入る事は赦されない。 「彼女には、竜人族の血が入ってるな?」 「えっ!?」 レオンの問に、グリューンは瞼を閉じて肯定した。 「あの伯爵様、竜人族なの?」 「いや…人間だ。ただ、かなり薄いが確実に竜人族の血が入ってるのは確かだ」 遥か昔、世界では人間と精霊や幻獣は共に暮らしていた。精霊は幼い人間に言葉を教え、幻獣は森の恵みを与えた。彼らの庇護の下で人間は暮らし、中には精霊や幻獣と結ばれる者も少なくなかった。 個々の力が弱い人間は集団で暮らすようになり、小さな村社会が長い年月で国単位になり、精霊や幻獣の数を越した。そうなると、精霊らの方が少数派となり、いつしか人間は彼らを異端扱いし始めた。 人間に言葉を教え、森の恵みを与えたのに、武器を持って追われるようになった彼らは、無用に争うことを厭い、世界の果てへと姿を消した。 そして、彼らの血が入っている者たちも人間社会から追われたが、精霊らの世界には入れなかった。そこは、純血の者以外は生きていけない世界だったからだ。 混血の者たちは、外見が精霊や幻獣に近い者は森の奧へ、見た目が変わらない者は人間に紛れて暮らすようになった。 「100年くらい前までは混血は異端として狩られていたんだが…、誰が混血だなんて、誰も確認出来ないだろ? 間違いで、ずいぶん、大勢の人間が殺されたらしい」 「今は……?」 「そんな残酷な事はないよ。どんな田舎でも」 ブラッドはホッとして、知らず知らず力の入っていた肩から力を抜いた。 良かった、あの綺麗な伯爵様とぼくは殺されたりしないんだ……。 「…じゃあ、彼女でも駄目なのか?」 レオンの言葉に、ブラッドは物思いから現実に引き戻された。 ≪皆、とても心配してる≫ グリューンの答えに、ブラッドは頭の中は疑問符だらけだ。何が心配なのだろう。レオンも顎に手を当てて難しい顔をしている。 残っていた林檎を噛んだ。 レオンとグリューンが同時にブラッドを見た。二人に見つめられたまま林檎を咀嚼した。何となく居心地が悪い。 唐突にレオンがブラッドの両肩をがしっと掴んだ。 「ブラッド」 「え、な、何?」 「明日は、侯爵と辺境伯が何を言っても、絶対に承諾するんじゃないぞ」 「へ…えっ…?」 「いいな? 情に絆されるじゃないぞ」 「う、うん?」 「お前は、どうも自分の事より他を優先しようとする所があるみたいだから心配だ。いいか? 絶対に情に絆されるんじゃないぞ? 」 二度繰り返し釘を刺されて、ブラッドは頷くしかなかった。 そして、レオンの懸念は的中した。 早朝、夜も明けきらぬ時刻に起こされ、何故かブラッドはローザリンデ・エーデルシュタイン辺境伯と共に馬上にいた。

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