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第37話
朝陽が昇りきると、露に濡れた森が光を乱反射して輝き始めた。ほんの短い時間だけ、濃い緑に虹色が重なる。
その幻想的な景色さえ、今のブラッドには見る余裕がなかった。俯き、鬣を片手で拳が白くなるほど握って馬上の揺れに耐えていた。
ミュラーの言葉が頭から離れない。
彼の、苦渋の決断だと思いたい。
そんなに、ぼくは城の人から嫌われていたのだろうか……。
奴隷商人から救い出してくれた侯爵様も、実は自分を持て余していたのかもしれないと思うと、胸の奥が刃零れしたナイフで斬りつけられたように苦しい。トーマスはどう思っていたのだろうか。いつも壊れた(壊された)道具を笑って直してくれていたが…。
ああ、そう言えば、ぼくはグリューンたち竜に挨拶もしないで出て来てしまった。レオンにも一言もなく……。
もしかして、レオンもぼくの事、本当は構いたくなかったのかもしれない。面倒臭い奴って思ってたのかな。
じゃあ、あの唇接けの意味は……?
竜人族って、何? からかっただけ?
思考が散漫となり、ブラッドは背中に冷たい汗が流れ、呼吸が荒くなった。
ブラッドを抱えて手綱を取っていたローザリンデは少年の変化に気づき、馬の速度を落とした。馬に乗るのは初めてだと聞いていた。
「ブラッド、大丈夫か?」
「は、はい。…大丈夫です」
返す口調が弱々しい。しかし、馬の歩みを止める訳にはいかない。
「すまない、ブラッド。休ませてやりたいのが……」
「とんでもないです、伯爵様。ぼくに構わずに、もっと速く走らせて下さい」
「…分かった。最速で行こう。早く着いて、休もう」
いっそ、気を失った方がブラッドには楽かもしれない。ローザリンデはブラッドの躰を自分にぴったり付け、愛馬の腹を軽く蹴った。愛馬ヴァイスはそれだけで主人の意を感じ取って速度を上げた。
上空で編成を組んでいた竜たちも、速度を上げた馬を追うように翼に魔力を込めた。
辺境領に入ってから、ローザリンデは更に速度を上げるべく馬の腹を蹴った。陽は高く、気温も上がってきた。愛馬は汗だくになりながらも脚を緩めない。
この頃には、腕の中のブラッドは意識を失っており、馬の振動に合わせて頭が揺れていた。
ローザリンデはブラッドの脇の下から腕を通し、頬に手を当てて頭を保護するために固定した。汗ばむ陽光の下だというに、ブラッドの頬は体温が感じられない程冷たかった。
しかし、ローザリンデは進むことを選択した。ここまで来たら、いくらでも早く城に着いて休ませた方が良い。
「後少しだから頑張っておくれ…」
意識の無い少年に声をかけた。
ふと、微かに頷いたように感じられた。顔を覗き込むと、唇が微かに動いた。
「……レオン……」
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