39 / 156
第39話
竜仙境では土、水、火、風の属性ごとに長がおり、光属性の皇帝が統べている。四属性の四大公爵家から細かい属性が枝分かれして皇国を支えている。
「ブラッドは、風の筆頭公爵家の者だ」
「筆頭公爵家の血筋……? それなのに、どうして人界の、それも、市井に?」
「…竜が二つの卵を同時に孵化させられない事は承知だな?」
問に問で返されたが、フェリックスは反発より好奇心を選んだ。
「そのお陰で我々は騎竜を得られている」
レオンは頷いて先を続けた。
「それは、竜人族でも同じなんだ」
「つまり、ブラッドは二つの卵で産まれた片方…と言う事なんだね」
「そうだ。当時の公爵家当主は…、後から産まれた卵を廃棄するよう命じた」
レオンの眉間の皺が深くなる。ギリッと奥歯が鳴った。
「医師の見立で、もともと卵が二つ産まれる事は知っていたが、当主は畜生腹は公爵家の名誉を汚すと主張し、処分は産まれる前から決まっていたんだ」
今ではあまり聞かないが、人間の世界でも双子等が産まれると不吉だと称し、片方を里子に出したり、秘密裏に命を奪っていた時期があった。それは、遠い昔ではなく、数十年前までは当たり前に行われていた事だが……。
「竜人族で、卵が複数産まれることは竜族より稀だ。当時、子供だった俺には全く思い至らない事だった。恥ずかしながら、単純に産まれる事を喜んでいた。だが、さすがに母親が二つ同時に孵化させられない事は知っていたから、もう一つは、俺が貰って育てると公爵と約束していたのだが……」
公爵はレオンには、もう一つの卵には命が宿ってなかったから処分したと、事後報告で済ませた。そして、死した卵を産んだ事が知られては母親が不憫だから、他家へ養子に出した事にしてくれと頭を下げられた。
母親はレオンの従姉だった。あまり躰が丈夫ではなく線の細い彼女には、次の出産は無理だと診断されていた。
従姉を悲しませたくなかった。レオンは公爵と約束を交わし、黙する事にした。
しかし、死産だった卵を葬った場所が曖昧だったり、公爵家の使用人の態度にレオンは疑念を募らせた。もしかしたら、卵は生きていたのではないか…。
「俺は当時の使用人を片っ端から当たって、卵が人界に捨てられた事を知って、探し出す事にしたんだ」
「よく……ブラッドは生れたね……」
「ああ。使用人が、当主に谷底に捨てろと命じられたが、あまりに不憫で人界の竜の巣に置いて来たと……」
その使用人は、場所を訊く前に、既に病で死亡しており、家族は知らなかった。
雌竜が卵に魔力を注いでくれている事を願いながら、レオンは長い間、人界の竜の巣を探して歩いた。自然界の竜は、他の竜が産んだ卵には見向きもしない。
しかし、竜人族の卵には母性を惹き付ける魔力が備わっている。レオンは一縷の望みをかけて探し出すことにした。
「遠視を得意とする者に何度か視て貰うと、答えは『卵は竜と共にある』としか出ない。しかし、命が尽きていない事ははっきりしていたから、何とか折れずに探し続けられた」
長かった……。
「…訊いてもいいかな?」
フェリックスは、ふと、頭に浮かんだ疑問があった。
レオンは頷いた。
「貴方はいくつかのかな? そもそも、ブラッドが……卵が産まれたのはいつ?」
「…俺は、まだ、ほんの70になったばかりで、卵が産まれたのは50年前だ」
70歳は『ほんの』ではないのだが……。
しかも、ブラッドは少なくとも50年近く卵のままだったのだ。
「よく、ブラッドは孵化出来たね…」
「ブラッドに魔力を与えていた竜は一頭や二頭ではないだろう」
それだけ、竜人族は膨大な魔力を保持しているのだ。
「ありがたい事だが、それが仇になってしまった」
「と言うと?」
「竜の魔力で孵化した竜人族だけが『竜の愛し子』に成り得るんだが……」
言い淀むレオンをフェリックスは無言で促した。あまり、愉快でない答えだろうが……。
レオンは深い嘆息を吐いた。
「『竜の愛し子』は、人界の竜すべてを支配出来るだけの『魅了』を持っている。竜仙境では、それは皇帝に対する造反と捉えており、抹消の対象となるんだ」
「まさか、貴方はブラッドを殺しに来たのですか」
常に穏やかな物言いのフェリックスとは思えない、低くく、鋭く口調だった。
「違うっ」
レオンの金色の瞳孔が更に細くなり、光が強くなった。
「あれは……ブラッドは俺のものだ。卵が産まれる前から決まっていた。誰にも渡さない。その為に探していた」
「………」
「『愛し子』の存在が竜仙境に知られる前に、ブラッドは俺の保護下に置く。二度失うなんて、俺には耐えられない」
竜の執着の激しさは、竜騎士でもあるフェリックスは身に染みていた。騎竜は絆を結んだ者以外を背に乗せるのを拒絶する。しかも、独占欲が強い竜に認められた相手でなければ結婚も出来ないのだ。
レオンのブラッドに対する執着は、被保護者への保護欲とは違うように感じられた。
「レオンは、ブラッドの事をとても愛しく想っているようだけど……」
「…うん…?」
「多分、ブラッドは、精通もまだの子供だよ?
手加減してあげてね? 」
フェリックスは大真面目にレオンに頼んだ。
ともだちにシェアしよう!