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第42話
先代辺境伯の妻…ローザリンデの母は、産後の肥立ちが思わしくなく夭折した。まだ若く、男性としての魅力も充分すぎる程だった伯には、妻の喪が明けると同時に後添いをという縁談が大量に持ち込まれた。
幼い頃からの幼馴染であり、深く愛し合って二人は結ばれた。妻が亡くなってからはローザリンデを乳母だけに任せず、自らおしめを替えたり、教育を施した。
打算的に送り込まれた美女に見向きもせず、妻の墓参を欠かさず、ローザリンデを愛し、領民を愛し、護ることに尽力をつくした。
「あの父上が母上以外の女性と子供を作るなど、天変地異が起きたと言われた方が現実的だぞ?」
「しかし、お嬢…」
アナキンとコンラートが顔を合わせた。
「ですが、お館様。あの子の…ブラッドの眼は当家の直系のみにしか出ない、金環の瞳ではないですか?」
「しかも、先代と同じ緑がかった金眼じゃ」
ローザリンデは納得して頷いた。
ブラッドが先代の隠し子などでない事を知っていたから、瞳を見ても、そんな考えには至らなかった。だが、事情を知らずにブラッドを見た人間は…特に辺境の領地の人間は先代と関係づけるのは自然なのかもしれない……。
「あの子は……」
一旦、口を閉じて、
「お前達、絶対、口外するなよ」
ローザリンデは二人と目線を合わせた。
「ブラッドは竜人族だ」
二人は驚愕し、大声を出そうとしてローザリンデに口を塞がれた。
食事を終えると、躰の内側からじんわり暖かくなり、ブラッドは再び眠ってしまった。
エーデルシュタイン領は、ブラッドにとって心地好い気が満ちた土地だった。隣国との国境を定めた河が流れる高地に位置しており、牛の放牧と羊毛、小麦が主な主要産業だ。
国境警備が主な任務の重装竜騎士団の竜が数多くおり、空を常に飛んでいる。領民らは竜を見慣れていて、竜騎士は子供だけでなく大人にとっても英雄だ。
国交の無い国との国境の地で、誰が自分達を護ってくれているか幼子でさえ熟知しているからだ。
無条件で受け入れてくれている土地で、竜達は精神的に圧力を感じず、伸び伸びしている。
その安定した気が満ちている為、ブラッドの精神も安定していた。
不快な眠りではない。
母親に抱かれた幼児のような安心感がブラッドを包み込んでいた。
安定して眠っているブラッドの寝顔を見て、ローザリンデは胸の奥が仄かに暖かくなるのを感じた。母性を感じるなど、そんな日が来るのはもっと先の事だと思っていたが…。
ブラッドの額にかかる赤毛をかき上げ、唇をそっと落とした。
「全快復には、まだ、時間がかかりそうだ」
運ばれて来た時とは比べ物にならないくらい顔色が良くなっている。食事を取った事で、更に頬に赤みがおびてきていた。
「お館様は、その子供をいかがなさるおつもりですか」
「当分は、賓客だな」
「賓客、でございますか」
「ブラッドは『竜の愛し子』だからな」
「『竜の愛し子』じゃと?!」
「竜人族で『竜の愛し子』ですか?」
短時間に伝説級の事実を主より告げられ、辺境伯家の家宰と医師は頭と感情がついていかなかった。
「私はグリューンが到着次第、駐屯地に飛ぶ。ブラッドの事をくれぐれも頼むぞ」
「機嫌を損ねてはならない、とかでしょうか」
ローザリンデは吹いた。
「ブラッドは我が儘な子供ではないよ。むしろ、大人より大人なところがあるような気がする…」
「お館様?」
「同じ年頃の子供より躰も精神も幼いところがあるが、自由に、したい事をさせてやってくれぬか」
コンラートはブラッドの邪気の無い寝顔を見た。十二、三歳くらいだろうか。剥きたての茹で玉子みたいな、つるんとした頬だ。
「あ、ブラッドはジークムントと同い年らしいぞ」
今度こそ、コンラートとアナキンはローザリンデの手が間に合わす、大声を上げた。
「嘘でしょうっ?!」
「嘘じゃろっ?!」
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