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第43話

「おーい、ブラッド」 竜の爪の手入れをしていたブラッドが顔を上げた。声を掛けて来たのはジークムント・オイレンブルクだった。 「そろそろ昼飯の時間だぞ。早く宿舎に行こうぜ」 「はい。ちょうど、終わったところです」 行儀良く座って爪の手入れをしてもらっていた竜は、ブラッドの頭に鼻を擦りつけて感謝を伝えた。 「ふふ、くすぐったい」 首をすくめたが、竜のなすがままになっていたので気を良くしたのか、更にブラッドの頭だけでなく頬にまで鼻を擦りつけてきた。力負けしてよろめいて尻を地面についてしまったが、竜はやめようとしない。 見かねてジークムントがブラッドから竜を引き離した。 「こらこら、お前は力が半端ないんだからな。ブラッドなんか簡単に潰れちまうぞ」 尻餅をついたブラッドに、竜が眼を潤ませて鼻を鳴らした。 「何、殊勝な態度で誤魔化してんだよ」 「誤魔化す?」 「こいつ、お礼するついでに自分の匂い付けようとしてんだよ」 「匂い?」 「独占欲? みたいなもんかな?」 ジークムントはブラッドの手を引っ張り、軽々と立たせた。 「爪の手入れを自分だけしてもらおうって魂胆さ」 眼を丸くしているブラッドの頭を片手でくしゃりとし、ジークムントは片眼を瞑った。 「他の兄弟より母親の愛情をたくさん貰おうってやつだよ。要は、甘えてんだな、でかい図体してさ」 厳つい顔つきなのに可愛い事をする。 ブラッドは竜の鼻を撫でた。 「自分の騎士に手入れして貰うと、もっと気持ち良いと思うよ。だって、絆を結んだ相棒だもんね。以心伝心、なんでしょ?」 竜が嬉しそうに鼻を鳴らした。 「そう言うことだから、俺たちは昼飯昼飯」 竜に手を振り、ブラッドは歩き出したジークムントを追った。 その様子を遠くからコンラートとアナキンが眺めていた。 「ジークムント様と同い年には全く見えませんね…」 「…ジークムントが育ち過ぎで、小僧が未発達なだけなんだろうよ」 ブラッドが目覚めた後グリューンが到着し、ローザリンデは家宰と医師にくれぐれも頼むと言い残して国境の砦に飛んだ。そこから部隊を整えて国境沿いの駐屯地に向かうためだ。 食事を取れるようになってからのブラッドの回復は早かった。直ぐに歩く運動を始め、目を離した隙に、自分で仕事を見つけてきた。 漫然と世話になっているのは心苦しいし、体調も良くなったのでと、館の掃除の手伝いを始めた。館の使用人は詳しい事情は聞かされていないから、単純に人手が増えたと喜んだ。 しかも、丁寧で物覚えも早い。数字に強く、簡単な計算も早く正しい。『竜の愛し子』でなければ自分の下で働いて貰いたいとコンラートが思う程だ。 そして、ブラッドの本領は竜だけでなく、竜騎士らにも発揮した。 『愛し子』と知らずとも、竜と絆を結んでいるからか、竜騎士らは一目でブラッドに堕ちた。 「ここでは小僧に危害を加えようって奴はおらんだろうよ」 「そうですね。ブラッドはジークムント様に任せて大丈夫でしょう」 仲良く騎士団の宿舎に入って行く二人を見送り、コンラートは自分の仕事に戻る事にした。 領主が留守の時は、常以上に気を配らなくてはならない。仕事も山積みである。

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