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第47話
カールは街に向けて懸命に走った。
日頃の訓練では、もっと軽く、速く走れていたと思う。それなのに、躰がいつものように動いてくれない。
緩い下り坂で助かったと思った。
進んで行くうちに急な曲がり道が続く事を思い出した。道なりに行っても時間がかかる。
ちょっと考えて、カールは道を外れて林に突っ込んだ。道以上に傾斜がきつい。転びそうになるのを堪え、枝が頬を打っても、藪が手を切っても止まらなかった。
肺が破裂しそうになりながら林を抜けると、街が目の前にあった。気が抜けそうになったが薬屋へ向けて走った。
必死の形相で走るカールに道行く人々がぎょっとして振り返る。
大通りから裏路地を抜けると薬屋だ。
(早く、早く、副団長に……)
薬屋の扉を躰ごと開けた。
「ふ、副団長っ!」
そこに頼もしい姿がある。
しかし、店内にはラファエルだけでなく、ユリウスの姿も無かった。慌てて外を見ると、繋いでいたラファエルの馬もいなかった。
(もしかして、入れ違い? 馬だから、追いついてる? でも、もし、違ってたらアルベルト様とブラッドは……)
カールは裏庭に回ることにした。
その時、ユリウスが裏庭の方からやって来た。
「あれぇ? どうしたの、何か忘れた?」
「あ、あのっ、副団長はっ」
「ラファエル? あいつ、砦に向かったよ。私もこれから砦に行くんだけど、準備があって少し遅れてから……、カール? どうしたの?」
カールは全身から力が抜けて、その場にへたり込んだ。
砦は正反対の方向だ。
剣先を目の前にし、ブラッドは死を間近に感じた。不思議と、恐怖は感じられなかった。現実味が無く、刃を見つめるブラッドの心は凪いでいた。
アルベルトから男たちを引き離したからだろうか。カールに追っ手がかかってない事にも安堵したからだろうか。
「おい、まだ、子供だぞ」
五人の中で、一番若い男が制した。
「見られたんだ。消さないと作戦が失敗するかもしれん。それに、どうせ、遅かろうと早かろうと皆、殺されるんだ」
ブラッドは息を飲んだ。
アルベルトは何と言ってた? 毒?
しかし、今頃はカールがラファエルに知らせている筈だ。
少し安堵してブラッドは俯いた。それを剣を突きつけていた男が目敏く見たつけた。
「小僧、何か知ってるな?」
「な、何かって……」
「まぁ、どちらでも構わん」
男が剣を大きく振り上げた。
「気の毒だがな。お前の後を大勢が追いつくから、すぐに賑やかになるだろうよっ!」
ブラッドは静かに眼を閉じた。刃に反射した光の向こうに、蒼穹の瞳の青年がいた。
もう一度会いたかった。
「レオン……」
ブラッドは訪れる衝撃に備えて覚悟を決めた。
「俺を呼んだな」
声と同時に金属同士が激しくぶつかる音が頭上でした。
うっすら開けた目の前に、艶やかな黒髪が揺れていた。もう会えないと思っていた懐かしい背中があった。思わず、立ち上がった。
「…嘘……。レオン……?」
肩越しに振り返り、レオンはブラッドを安心させるように笑った。
ブラッドを殺すつもりで振り下ろした剣を止められ、男は困惑した。無抵抗とはいえ、命を奪おうと殺気を込めた剣だ。しかも、熊のような体格をした自分の剣を剣で止めた青年はよろけもしない。
「北の兵士は子供を殺して、敵を百人屠ったと大袈裟に自慢するらしいな」
レオンの言葉に、男が憤怒の表情になり躰が膨れ上がった。
「馬鹿にするなっ!」
剣に力を込めたが、レオンは表情一つ変えずに押し返し始めた。更に一歩踏み出し、レオンは男の剣を跳ね上げた。蒼穹の瞳が燃え上がる。
「吠えるなっ!」
獅子の咆哮だった。
「殺そうとしてただろうがっ!」
思わす怯んだ男の剣を叩き落とし、柄の先端でこめかみを強かに打つ。男は堪らず白眼を剥いて音を立てて昏倒した。
「貴様っ!」
仲間を倒され、今度は二人がかりでレオンを襲った。一人が上から、もう一人が横から剣を同時に振る。横からの剣を剣で止め、上から攻撃してきた男の手を蹴り上げた。
よろけた男の腹に更に足をめり込ませ、受け止めた剣に自分の剣を絡ませて落とした。落とした剣に気を取られた男の頭に刃の腹を叩きつけた。
男は声も出さずに意識を失って倒れた。
腹を押さえた男は顔を歪めながらも、渾身の力でレオンに向けて剣を振るう。それをそよ風を受けるがごとく自分の剣でいなす。
男たちは、ここに至って、漸くレオンがただの流れの剣士でない事に気がついた。
一番後ろにいた男が、正面の男がレオンを相手にしている隙を狙って、立ち尽くしているブラッドに向かって走った。レオンが庇っているブラッドを盾に取ろうとしたのだ。
意を汲んだ残った男が参戦する。
察知したレオンはブラッドの腰に腕を回して抱え上げた。
「レ、レオンっ」
「俺の首に腕を回してしがみついてろ」
「でも、邪魔になるよ…」
レオンがニヤリと笑った。
「俺は強い。信じろ」
こんな状況だというのに、ブラッドの心臓は別の方向に跳ね上がった。
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