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第48話
二人がかりの攻撃を同時に剣で受け止め、跳ね返す。相手の剣を折るつもりでした攻撃を受け止めただけでなく、躰が反るくらい押し返され、男たちは驚愕した。
レオンは長身だが、男たちは更にその上に頭がある。ましてや、力押しの筋肉質には見えないこの青年のどこに、自分たちを押し返す膂力があるのか。
レオンの背を狙って、残っていた男がかぶり振った。
「レオン…っ」
ブラッドが名を呼ぶ前に、レオンは二人を押し返した剣を返して受け止めた。そのまま刃に絡ませて男を前のめりに体勢を崩させた。隙だらけになった背に踵を落とす。
息を詰めて膝をついた男の腹を、今度は容赦なく蹴り上げる。男は大きく吹っ飛び、地響きを立てて背中から落ちた。
体勢を整えた男たちが両脇から襲いかかってきた。
予備動作もなく、レオンはブラッドを抱きかかえたまま男たちの頭上を飛び越えた。一人の後ろに降りたと同時に首の後ろに剣の柄を叩き込んだ。
声も無く倒れる男に構わず、残った一人に剣を振るう。慌ててレオンの剣を受け止めた男の顔が強張る。
重い。
熊の一撃を受けたようだ。剣を持つ手が痺れた。
レオンは休まず剣を次々と繰り出す。斬る。払い、突く。いなし、返す。
男の息が上がる。対してレオンはブラッドを抱えながらも、息一つ乱さない。
やけっぱちで繰り出してきた攻撃をかわし、膝を男の腹にめり込ませた。男は白眼を剥いて倒れたまま、ぴくりとも動かない。
レオンの首にしがみついたまま、ブラッドは唖然と倒れた男たちを見回した。
あっという間だったと思う。
「怪我は無いか?」
「う、うん。大丈夫、ありがとう」
「そうか…」
それでも、レオンはブラッドをそっと下ろした。
「ブラッド、そついらのベルトを外してくれ」
「え?」
「ちょっとやそっと、殴っても蹴っても起き上がれないくらいに伸してあるから、多少、乱暴に扱っても平気だ」
言いながら、レオンは意識を失った男二人を軽々と担いで、五人をひと塊に置いた。ブラッドが外したベルトをレオンに渡す。レオンは残りの三人のベルトを外し、それで男たちの腕を縛った。
「ふむ…」
少し考えて、レオンは更に男たちのズボンを足首まで下げた。
「なっ、何をしてるのっ?」
「こうしておけば、足に絡まって歩けないだろう?」
「そ、そういう事……?」
「まぁ、ちょっと…かなり見苦しいけどな。騎士団か自警団に連絡しに行く間に逃げられたらムカつくし」
口をわずかに尖らせ、レオンは男たちの武器をひと纏めにして道の脇に放り投げた。
「うん…? 血の臭いがする…」
レオンの言葉に、ブラッドがハッとして顔を上げた。
「アルベルト様が…騎士様が傷を負っていて、動けないんだっ」
ブラッドを再び抱え上げ、レオンは血の臭いのする方へ向かった。剣で枝を払いながら、大股で迷いなく進む。
程なくして、藪が不自然に固まっている場所を見つけた。不自然に見えないよう工夫をしてあるが、山を歩き慣れた者にはすぐに分かる。
ブラッドが施したのだろう。可愛いな、と思いながらブラッドを下ろした。
「アルベルト様っ」
アルベルトに被せていた藪を除くと、木に凭れて意識の無い黒髪の青年がいた。呼吸も脈も弱い。
足の矢傷を見て、ブラッドが声を上げた。
「レオン、さっきの人たち、弓を持っていなかった…」
周囲を見渡した後、レオンはブラッドに安心させるように微笑んだ。
「気配は無い。大丈夫だ」
アルベルトの傷を一通り確め、レオンはブラッドに向き直った。
「ブラッド、これから俺がする事は内緒だぞ」
「う、うん…?」
ベルトに差していた小刀を取り出し、刃を左の掌に走らせた。赤い線が出来たかと思うと血が吹き出た。
「レオンッ?! 何を……っ」
レオンは血が吹き出ている手を握って、蒼白になったブラッドを見た。
「ブラッド、覚えておけ。竜人族の血の効果は絶大だ」
薬屋でユリウスが言っていた事を思い出した。
「万能薬とか、不老長寿とか……?」
「人間界には、そんな風に伝わっているらしいな。…但し、劇薬だ」
「毒…って、言う事…?」
「普通の人間には、な。だが、竜と絆を結んだ竜騎士には万能薬だ」
レオンはアルベルトの顔を仰向かせ、彼の口に自分の血を滴らせた。僅かに、アルベルトの喉が動いた。
途端にアルベルトの顔色が劇的に変わった。
それを確認し、レオンはアルベルトの太腿に刺さっていた矢の残骸を抜いた。一瞬、血が吹き上がるが、直ぐに止まった。
「レオンッ、手を…っ、手当てしないと……」
左手をひと振りして血を払い、掌をブラッドに向けて開いた。
「えっ…?」
掌にあった小刀でつけた傷は、薄らと赤い線がある程度になっていた。
「あんまり飲ませて全回復したら、不自然だろう? 竜騎士には俺たちの血は、効果絶大だ」
確かに、虫の息だったアルベルトの呼吸も安定し、蒼白だった顔に赤みが差している。
「うっかり、血を舐めさせたりするなよ? 普通の人間だったら死ぬし、竜騎士だったら能力倍増だ」
血が完全に止まったのを確認し、レオンはアルベルトを右肩に担いだ。
「ここからは、街の方が近そうだな」
人を担ぎながらも軽々と立ち上り、レオンはブラッドに空いていた手を伸ばした。ブラッドは素直にその手を握った。そのまま引っ張られて立つと、レオンはブラッドを抱き上げた。
「な、な、何をするのっ?」
「本当はむさい男なんか、出来れば担ぎたくないんだ。片方に可愛い子を抱いてなきゃ、放り投げたいくらいだ」
「えぇ?!」
何だろう。
レオンの印象が最初と全然違う。口を尖らせたり、拗ねた口調になったり……何だか、可愛い……。
ブラッドの視線を感じ、レオンは頬を少し赤くして顔を逸らした。
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