54 / 156
第54話
どんなに疲れていても、夜明けとともにブラッドは目覚める。
眠りにつく前は、あんなに躰も頭も重く、心も凝っていたと言うのに、不思議とすっきりと目が覚めた。躰の怠さは抜け、頭は霧が晴れたように軽い。心の奥には、ちくり、と針の先ほどの痛みを感じたが、それは、敢えて無視をする。
それでも、重石を引きずっていた感覚は無くなっていた。
いつもであれば、竜達の為に水を汲む作業なのだが、今朝は怪我人を含む三人の為の朝食作りだ。標高のある辺境の朝晩は冷える。温かい食事を食べさせてあげたい。
診察室へ続く扉をそっと半分開ける。
ハインツがアルベルトの寝ている寝台に伏しており、レオンは壁に毛布にくるまって凭れかかって寝ていた。
竈の熾火で火をおこし、調理用の水を汲みに静かに外に出た。レオン達を起こさないよう気遣いながら。
稜線から昇りかけの朝日が放射状に輝いている。ひんやりした空気が、今日の晴天を保証していた。
ブラッドがせっかく気を使って外に出たのだが、日頃から鍛えているハインツとレオンは気配を察して起きていた。薬の効果で眠っていたアルベルトは、目覚める様子は無かったが…。
何となく二人は顔を見合わせて苦笑した。
すぐに顔を洗いに井戸に行っては、自分が起こしてしまったと気に病むだろう。しかし、もう一度寝るには鍛えた躰が覚醒を促している。
レオンは立ち上がり、大きく伸びた。
ハインツの肩越しにアルベルトの顔を覗く。
「昨夜より顔色が良いな」
「あ、ああ。そうだな」
レオンに声をかけられ、ハインツはアルベルトの顔を見直した。浅かった呼吸も深くなり、胸の上下も規則正しい。
「これなら、明日、抜糸しても大丈夫そうだ」
あの出血からは考えられない程の回復力だ。
薬草の効果もあるのだろうが、最初の処置がよほど良かったのか。
「その…、昨日は、済まなかった」
「昨日、謝ってもらった。それに、俺もブラッドも気にしていない」
医師が処方していった薬草を用意しながら、レオンは笑って答えた。
「助かって良かった。さすが、騎士の鍛え方は違う」
「そうかな…。うん…、そうなんだろうな。日頃の鍛練と、発見が早かった幸運もあって助かったんだろうな」
レオンが薬草を持って台所に行くと、ちょうどブラッドが裏口から桶を抱えて入って来た。
まさか起きているとは思わなかったのか、そのまま固まってしまった。レオンは、くすり、と笑ってブラッドの手から桶を取り上げ、水瓶に注いだ。
「水汲みは俺がやろう。薬湯を頼んでもいいか?」
「う、うん。…あの、起こしてしまって、ごめんなさい」
「いや、ブラッドに起こされた訳じゃないよ。どっちかと言うと、口接けで起こして欲しかったな」
「なっ、口って…」
ブラッドの顔が一瞬で真っ赤になった。
桶を持って外へ出ようとし、レオンは足を止めてブラッドの耳に口を寄せた。
「おはよう。言ってなかったな」
「…っ、おっ、おはよう…」
耳を押さえて真っ赤になって慌てるブラッド頭に唇を落とし、レオンはくすくす笑いながら外に出た。
ぼくをからかって遊んでる、絶対!
手で顔を扇ぎ、ブラッドは薬湯と朝食作りに没頭する事にした。
その様子を半分開いた扉から見ていたハインツは、新婚夫婦に当てられたような感覚に陥り、ブラッドにつられて顔を赤くしていた。
ともだちにシェアしよう!