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第90話
程なくして竜騎士団が到着した。
レオンは竜身のまま、次々と捕縛される村人を睨めつけていた。森の中で倒れていた(倒されていた)男達を、ウォーレンの先導で竜騎士が担いで集めた。
村人らは縄を打たれながら、ぼそぼそと非難めいた事を口にしていた。
「俺達は悪くない」「美味い話を持ってきた、あいつが悪い」「最初にのったのは誰だよ」「小僧が逃げたからだ」「そうだ、あの餓鬼が逃げたからだ」「大人しくしていれば、全部円く収まったんだ」
「殺しておけばよかったんだ」
一人が憎々しげに吐き捨てた。
ゆらり、と青竜の頭がゆっくりと動いた。
「レオン?」
青竜が動いた気配に騎士らが気づいた。
『一人か二人いれば、十分だ』
鼓膜を通さず、声が頭の中に直接響いた。抑揚の無い、極北の冷気を含んでいた。
『他はいらない。連れて行くのも面倒だ』
声は村人の頭の中にも響いた。
一人か二人を差し出したら、どうやら自分達は解放されるかもしれない。その、ささやかな希望を次の言葉が打ち砕いた。
『呪詛を撒き散らし、森を汚した。其奴らは罰を受けねばならない』
「罰って……?」
ブラッドが掠れた声で訊いた。
『命を育む森を汚したのだ。命には命で贖わなければならい』
村人らの顔から血の気が引いた。
『そこの見習いの小僧と…隣の男を残し、後は首を跳ねてしまえばいい』
「レオン!?」
『己が欲望で呪詛を撒き散らしたのだ。……いや、彼らは以前から森への感謝を忘れ、ただ、ただ森の恵みを貪った』
「森への感謝……?」
『そうだ。森の王は以前から警告していた筈だ』
「そんなものは、知らんっ!」
男らが叫んだ。
『捕れるだけ魚を捕り、獣は仔まで狩ったのだ。それでは次の命は育まれない。それでも森の王は、森に住む民を護ってきた。辺境伯の血の盟約があったからではない。王の森に住まう者は、獣も人も等しく己が庇護下にあるからだ』
金色の瞳が徐々に紅く染まり始めた。
竜の怒りの色だ。竜騎士でなくとも、激怒した竜の恐ろしさは、幼い頃から親から聞かされる物語で染み込んでいる。
昔話で語られる、竜の襲来による国の滅亡の物語。それは空想の物語ではなく、実際に過去に起こった悲劇だ。
青竜の怒気の凄まじさに気圧され、竜騎士ですら息を飲んで無意識に退いていた。
『森の王の警告を見過ごし、恵みを貪り続けた。しかも、獲物が捕れないからと言い訳をし、目先の欲望に目を曇らせ、あまつさえ呪詛に手を染めた。其方ら森の王を裏切ったのだ。恩に仇なしたのだ』
「レオン……」
『人の理のみで世界が動いているのではないっ!!』
青竜から放たれた凄まじい怒気に、竜騎士らは何とか踏ん張って立って耐えたが、捕縛された者達は腰を抜かしてへたり込んだ。中には失禁している者もいた。
ブラッドでさえ、青竜から立ち昇る怒気に震えた。
『だが、一番赦しがたいのは……』
青竜の周囲を虹色の陽炎が覆ったかと思うと、人型となったレオンが現れた。黒髪は束ねておらず、風になびいていた。
腰の剣をすらりと抜き、ブラッドを自分の後ろに押しやった。
「レオン……?」
レオンが無言で剣を撫でると、刃が淡い金色の光を帯びて輝いた。
「俺が一番赦せんのは、俺のブラッドを傷つけただけでなく、殺そうとした事だ」
低い声だった。
少し、震えているように聴こえたのはブラッドの気のせいかもしれない。抑揚が無いのにレオンの怒りが伝わってきた。
「よくもブラッドを傷つけてくれたな…」
剣をひと振りすると、鋭く空気を斬る音が響いた。
「その上、殺そうとした」
上段から振り下ろした。
刃が届いていないにもかかわらず、男らは真っ二つに斬り裂かれた感覚に陥った。
「貴様らの穢れた血で大地を汚す訳にはいかないが……」
レオンの瞳が竜身の時のように深紅になった。
「この剣で斬ったら、血など一滴も流れない」
刃の光が一際輝いた。
「首が胴体と離れた瞬間、石になる」
レオンが一歩進むごとに村人らが少し退いた。
彼らは、漸く、対峙している青年が普通の人間でない事を麻痺した頭で悟った。そして、先程まで上から睨んでいた青竜の深紅の瞳と、青年の瞳が同じという事も。
竜人族……
遠い昔に人間と袂を分かち、別次元の世界へ旅立った最強の種族。突如、侵攻してきた巨人族の群れを、たった一人で撃退した逸話は有名だ。
「ま、待ってくれっ」
何とか声を出したのは、ブラッドを投げ飛ばした男だった。
「すまなかったっ。俺達が悪かった。それは謝る! けど、俺達にも守らなくてならない家族がいるんだっ」
「……その家族を危機に晒しておいて、何をほざく」
男の必死の懇願をレオンはバッサリ切り捨てた。
「お前達は、日頃、山賊や夜盗などの賊から護ってくれている騎士団を機能不全に陥らせた。お前達の家族は、集落を追われる事になるだろうな」
「そ、そんな……ひどい…」
「背中を味方から斬られたのだ。利益の為に、いつ同国人を裏切るか分からない者達を、何故護らなくてはならない?」
「そ…それは……。しかし、家族は関係ない…」
「お前達はそう考えるが、他の集落の者はどう思うだろうな? 今回の北方軍の侵攻は、呪詛によって騎士団を弱らせた結果早まったのも事実だ」
レオンと村人らの会話で、竜騎士団は一連の体調不良の原因と経緯を僅かながら悟った。
命を護っている対象に命を売られたのだ。
誰もレオンを止めようと動けなかった。
無表情のまま、レオンは殊更ゆっくりと剣を振り上げた。死を悟った彼らは、ただ、それが振り下ろされるのを待つしかなかった。
その刃と村人の間に小柄な身体が割って入った。
それがブラッドだと認識したのと、勢い良く剣が振り下ろされたのは同時だった。
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