98 / 156

第98話

ほっと息を吐いて、ブラッドは竜の額から手を離した。 竜の鱗が輝きを増したように見えるのは気のせいだろうか……。 「気の流れを整えた事で、魔力が鱗の一枚一枚に行き渡って防御力が上がっているんだ」 レオンがブラッドの手を取った。 「熱いな。疲れたか?」 「ううん」 ブラッドは首を横に振って微笑んだ。 始めての魔力操作で軽い疲労感はあった。けれど、立っていられない程の脱力感はない。額に僅かに汗が滲んでいたが、むしろ内側から熱い力が溢れ出て躰の隅々まで満たしているようで心地好い。 夏でも冷えていた手足の先までが、ほどよくぽかぽかして暖かい。 そう伝えると、レオンはブラッドの指先を唇で食んだ。 「?! レオン?!」 暫く唇で挟んでから、ちゅっと、軽い音を立ててレオンはブラッドの指を唇から離した。 「な、何を……」 真っ赤になったブラッドはレオンの手から自分の手を抜こうとしたが、反対にがっちり握られてしまった。 「今までに突然高熱を出したり、貧血をおこしたような疲労で寝込んだ事が何度もあっただろう?」 「え?! う、うん。どうして分かるの?」 「魔力を上手く体内で巡らせられないと、時々、そういう症状が出る」 主に幼児期に現れる症状だが、人の世で育ったブラッドは周囲の魔力自体が乏しかったのと、導き手がいなかった為に、重い症状が出たと思われた。 「魔力を意識しなくても体内で巡らせられるようになると、躰が丈夫になって力も強くなる。今までのように寝込む事も無くなるだろう」 「本当に?」 「ああ」 竜人族は卵から孵化した時から頑健なのではない。特に貴族階級は豊富な魔力が仇となり、反対に健康を害する事がある。魔力の巡りが悪いと虚弱となり、竜身になれず精神面が不安定となり、床についたまま幼くして亡くなってしまう事例もあった。 ブラッドの虚弱も魔力の不安定さが原因だ。 レオンが最も危惧したのは、ブラッドの精神面の不安定さだ。強い部分と弱い部分の不均衡の危うさ。 躰の怪我はすぐに治る。 しかし、床に伏した時の生命力の弱さに、レオンはブラッドが儚くなってしまうのではないかと怖れた。 だが、自分の魔力を与え、体内の魔力回路を整えると、ブラッドの奥底に膨大な魔力を生み出す泉がある事に気がついた。 それは、卵の長い期間に竜達から注がれた愛情であり、人として育てられた期間に与えられた慈愛。竜の愛し子だからではなく、ブラッド個人に与えられた無償の愛だ。 それらが根幹にあった。 精神的な脆さは懐の深さと表裏一体なのだが、ブラッドの中には恨みや妬みという負の感情がない。神官に育てられたからか、人を嫌うという考え方が無い。 躰が健康体となり、成長すると共にブラッドは強くなるだろう。 (いつか、俺の庇護など必要なくなる日が来るかもしれない……) それは予想ではなく確信。 「レオン?」 黙り込んでしまったレオンをブラッドが小首を傾げて見上げた。 レオンは、うっすらと汗をかいたブラッドの額に唇を落とした。 「レッ、レオン?!」 唐突な行動に焦って真っ赤になったブラッドに構わず、レオンはそのまま唇を啄んだ。 「んっ……、んん……」 啄まれていた唇が僅かに離れたと安心したのも束の間で、今度は深く重ねられた。角度を変え、何度も強く吸われる。 どうしてこうなったのか分からない。 レオンに唇を貪れるまま、ブラッドは混乱する思考を手放した。躰が、さっきまでとは違う火照りで満たされる。 唇を重ねる二人を、騎竜らがさりげなく動いて隠した。

ともだちにシェアしよう!