118 / 149

第118話

国王を退位させ、王弟を即位させる。 その為に、数年前から国王派の有力貴族の買収や国政の妨害を目的に国境で紛争を起こしたりと、国王側の戦力を削いできた。その上、北方軍を辺境に侵攻を手引きし、国王派の辺境伯爵を国境に足留めが出来た。 更に、国王の最大の戦力であり、直轄地の城代を務め、最も信頼を置くフェリクス・オイレンブルク侯爵へ暗殺者を送り込んだ。刺客から確かな手応えがあったと報告があった直後、オイレンブルク侯爵は病気を理由に騎士団と共に自領に戻っている。 死亡を隠しているのか定かではないが、重傷で動けないのは確かのようだ。 国王の最大派閥の救援が無い今が絶好の機会だった。 革命を企む保守派の筆頭であるフランクリン公爵は、自分を先頭に兵を率いて意気揚々と王宮へ雪崩れ込んだ。 会議室では、国境での紛争に援軍を送る為の会議中だった。国王自ら出陣すると息巻いている所を保守派の貴族に諌められている…筈だった。 だが、フランクリン公爵らを待ち受けていたのは、銀の鎧を身に纏っていたフェリクス・オイレンブルク侯爵と彼の騎士団だった。 会議室では革命に与した貴族らは既に捕縛されており、重傷の筈のフェリクスは、勇ましくも秀麗な鎧姿で国王と向かい合って優雅に茶を飲んでいた。 「フランクリン公爵、どうやら卿らは戦場を間違えているようだな」 国王が茶器を卓に置いて感情もなく言った。 フランクリン公爵は顔色を失い、わなわなと唇を震わせてフェリクスを見た。 (自領に籠っているのではなかったのか……) フランクリン公爵の殺意を含んだ視線を軽く受け流し、フェリクスは嫣然と微笑んだ。 「この通り、私は五体満足ですよ。掠り傷一つありません」 「暗殺は未遂、兄上は無傷で計画は筒抜け」 ジークムントが気の毒そうにフランクリン子爵を見下ろした。 「うちの兄上を簡単に暗殺出来たり、出し抜いたりなんて無理無理」 「……手応えがあったと……」 茫然と呟くフランクリンにジークムントは肩を竦めた。 「刺したのは鹿の肉さ。それも血抜きして無かったから、刃物にはべったり血がついたんだろうなぁ」 (侯爵様の暗殺未遂?!) 聴こえてきた物騒な内容に、ブラッドは思わずレオンにしがみついた。怪我は無いと知ってほっとしたが足が震えている。 レオンは宥めるようにブラッドの肩を抱く手に力を込めた。 レオンは侯爵の心配は全くしていなかった。 あの侯爵が刺客なんぞに易々と手傷を負う筈がないと確信していたからだ。 ただ、ブラッドが自分以外の人間を……侯爵を心配するのは面白くなかった。何もかも見透かしたような余裕綽々の笑顔を思い出し、それが面白くないだけだ。 「王都のあなたのお仲間は全て拘束。革命に与した王弟殿下の親衛隊の面々も拘束済み。兄上は、あなたのお父上であるフランクリン公爵をわざと泳がしておいて、お仲間を一ヶ所に集める餌としたんだ」 ふと、ジークムントの表情から陽気さが消えた。 そうすると、秀麗な容貌のフェリクスに良く似ていた。 ジークムントは騎士の顔から、高位貴族の子息の顔になった。 「残念です」 「…っ、何が?!」 「国王陛下は内戦前からの旧態依然を払拭し、若い貴族を中心に政治改革を成そうとしていた。身分差を考慮しない議論を活発化し、国内を安定させる為に、若い貴族の考えに積極的に耳を傾けようとしていた。たが、貴殿方には国王陛下の意図は、何一つ見えていなかったのだな。いや、見ようとも聞こうともしなかった…」 「……」 「武力でなく、言葉で上申すれば良かったんだ」 口調がいつもに戻った。 「内戦で、どんだけの犠牲が出たと思ってんだ。国内だって、まだまだ安定していない荒れた処が多いってのに。身内で争って優秀な人材を削ってる場合じゃないんだよっ」 ジークムントの握り込んだ拳が白い。 彼の怒り、苛立ち、そして哀しみが声音から伝わってくる。 「ジーク……」 アルベルトは何か言ってやりたかったが、言葉が出てこない。どう言えば良いか分からず唇を噛んだ。 「飢えた狼みたいに隣国が虎視眈々と狙ってるって言うのに、つけ入る隙を与えるどころか手引きしやがって」 「…っ! 我々は心から国を思っての革命を」 「申し開きは国王陛下の御前ですれば良かろう」 ラファエルが片手を上げて会話を終わらせた。 拘束していた騎士がフランクリンとバルデンを立ち上がらせる。 「ジークムント、城まで彼らを護送しろ。王弟殿下への簡単な経緯の説明も頼む。詳しい事は後日、辺境伯が登城し行う」 「了解しました」 敬礼をし、ジークムントはアルベルトを振り向いた。 「城へは俺と動ける者達で行く。お前は負傷者を見ていてくれ」 自分も行く、と言いたがったが、アルベルトはジークムントの言葉に頷いた。 「国境警備隊は職務に戻れ。負傷者は一ヶ所に集めろ。別動隊は本隊と合流。軽傷者は、近くの村から荷車を借りて重傷者を砦へ運べ」 次々と指示を出しながらラファエルはユリウスを見た。 「ユリウス」 「分かっています。負傷者は私に任せて、あなたは早く本隊へ合流して下さい」 「頼んだぞ」 ユリウスの肩を軽く叩いて自分の騎竜へ向かおうとし、思い出したようにラファエルはレオンに向き直った。 「レオン殿、貴殿の助勢がなければ、俺は大勢の部下を失っていた。感謝する」 ラファエルは感謝し、深々を頭を下げた。 「いや……俺は、ブラッドが望んだから手を貸しただけの事。感謝はブラッドにしてくれ」 「レオンッ?!」 ブラッドは驚いてレオンを見上げた。 自分は何もしていない。力も考えも無く、ただ、レオンに頼っただけ。本当に情けない。 「そうだな。本当にありがとう、ブラッド」 立派な体躯の騎士に頭を下げられ、ブラッドは真っ赤になって首を横に振った。 「ぼ、ぼくは、本当に何もしていないです。何も出来なくて、足手まといにしかならなくて……」 「いいや、君は本当に勇気があり、行動力もある。素晴らしい事だよ」 「副団長様……」 「君がいなければ、アルベルトらの救出には間に合わなかった。君が炎の中に飛び込んだから、不本意だとしても奴らが消化活動をせざるを得なかった。その結果、延焼を遅らせられ、救出出来たのだから」 そうかな。 無茶な行為だと怒られたけど…。 「確かに危険な行為ではあったが、結果的に俺は大事な部下を失わずに済んだ。本当にありがとう」 立派な騎士に頭を下げられ、ブラッドはどうすれば良いか分からず、レオンとラファエルを交互に見た。誉められ慣れていないからか、ラファエルの言葉はどこかむず痒く、いたたまれない。 レオンが小さく頷くと、ブラッドは詰めていた息を吐いて、ラファエルの感謝を受け入れる事にした。人の役に立てたと、少しは誇っても良いのかもしれないと思った。 「…はい」 頭を上げたラファエルはブラッドに微笑んだ。 「但し、無茶は控えてくれ。君に何かあったら、暴走する者が大勢いるからな」 ブラッドは真っ赤になって頷いた。 もっと、ちゃんと考えて行動しないと駄目じゃん……。

ともだちにシェアしよう!