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第148話
ゴシソク…ゴシソク…ゴシソク…
ゴシソク?!
ゴシソクって、あれだよな?
ご子息の意味だよな?
レオンはゲオルグの言葉を頭の中で繰り返したが理解が追いつかない。
あれ?
珍しいな、レオンが固まってる…
ブラッドは、呼吸すら忘れて動かなくなったレオンの顎を指で突付いた。
ひゅうっと息を吸い込み、石化が解けたレオンは高速でブラッドとゲオルグを交互に見た。
「お、俺には覚えが…」
「旦那様、覚えが無いなどと、そのような無責任で情けない事は仰らないで下さい」
「だがっ、本当に俺はそんな失敗は絶対しない!」
「失敗?」
こてん、とブラッドが首を傾げた。
ご子息の意味は分かる。
けれど『失敗』の意味が分からない。
ふと、港街で働いていた頃の事を思い出した。船乗りが酒場で綺麗な女性と揉めていた時、同じような言葉を連発して平手打ちされていた。
ブラッドはレオンを見上げた。
その真っすぐな瞳から、レオンは顔を強張らせて視線を逸らせた。
二人の様子を見ていたゲオルグは、そっと嘆息を吐いてから主を救うべく言葉を発した。
「お方様。どうか、そのような曇りなき眼で旦那様を見ないであげて下さい…」
朝食を終え、紅茶を飲みながらブラッドは険しい顔をしたレオンを見た。
食事には殆ど手をつけず、ブラッド同様茶器に口をつけているが飲んでいるようには見えない。ゲオルグは早々にレオンの食事を下げさせ、摘みやすい果物を用意したが、それにも手を出す様子は無い。
無言の伴侶をブラッドはじっと見つめ続けた。
細い糸が限界まで張られたように、薄氷を踏むが如く緊張に包まれた食堂で、唯一ほんわかした空気をブラッドは醸し出していた。
それが、何故かレオンとゲオルグには無言の刃に感じられていたたまれない……。
レオンは軽く咳払いをした。
「ブラッド。俺に何か言いたそうだな」
何度か瞬きをし、ブラッドは首を傾げた。
「旦那様のご子息って、レオンのご子息って事だよね?」
「そっ…、そうなる、な…」
視線を泳がせながらレオンは答えた。
「早く会いに行かないといけないんでしょう?」
「まぁ、そうだな…」
「行かないの?」
金環の翠の瞳はどこまでも澄んでいた。
伴侶の鱗で繋がり合っているからか、ブラッドから感じるのは純粋な疑問と少々の好奇心。暗い感情は欠片も無い。
「お方様は……」
ゲオルグは思わず言葉を発したのか、ハッとして口元に手を当てたが、躊躇いつつも言葉を続けた。
「お方様は、旦那様のご子息様に対して何か思わないのですか?」
「何を?」
「その、旦那様にお子がいらっしゃったという事は、お方様以外に旦那様のお情けを受けた方がいたと…」
「おいっ! ゲオルグ!」
「そうなるよね」
ゲオルグの問いにブラッドは何の含みもなく答えた。
「ブラッド?」
「お方様?」
「だって、レオン格好いいもん。女の人にモテるの当たり前だよ」
ね、とブラッドは満面の笑みで答えた。
ブラッドの中にあるのは、純粋な好奇心のみ。
伴侶の鱗で結ばれたブラッドには、レオンの心がどこに向いているか考えなくとも分かる。感じる。
それに、ブラッドと出会う前のレオンの過去に嫉妬しても何にもならない。
何故なら、今、レオンの傍らにいるのは、伴侶の鱗を交換したのは自分なのだから。その上、自分の心臓はレオンの鱗で出来ている。
生命活動の根幹を最愛の人の鱗で出来ているという事実は、何があっても変わらない。
それはレオンの伴侶である揺るぎない証拠であり、ブラッドにとっての誇りでもある。
「ぼく、レオンの子供に会ってみたいな」
レオンとゲオルグは何とも言えない顔で肩を落として溜め息を吐いた。
本邸へ出発するとレオンが告げると、大喜びで部屋に小走りで戻るブラッドの後をアンネリーが支度を手伝う為に追った。
二人を見送り、足音が完全に消えるとゲオルグはレオンに向き直った。
「旦那様、本当にお方様を伴って行かれるのですか?」
「仕方ないだろう。あいつが会いたいと言ってるんだからな。…それより、そいつは本当に俺の子だと言ってるのか」
「家宰の手紙によると、証拠をお持ちのようですよ」
「証拠?」
「ええ。旦那様の鱗を持っているとの事です」
「俺の鱗?」
レオンは考え込むように眉間の皺を深くした。
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